カラーメゾチントという、とんでもなく手間のかかる技法を用いて、
詩情に満ち溢れた作品を生涯制作し続けた国際的版画家・浜口陽三。
その個人美術館であるミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションでは現在、
“光へ漕ぐ舟 ~手から生まれるはるかな広がり~”という展覧会が開催中です。
こちらの展覧会には、3人の現代作家が参加しています。
今回が初顔合わせとなる3人は、
ほぼ同年代ではあるもの、ジャンルはバラバラ。
とはいえ、3人とも、とんでもなく手間のかかる技法を用いて、
詩情に満ち溢れた作品を制作しているところは、共通しています。
そして、3人とも、どこか浜口陽三を彷彿とさせるものがあります。
まず、1人目は桑原弘明さん。
唯一無二の「スコープアート」の作品を制作しているアーティストです。
こちらが、その「スコープアート」作品。
真鍮でできた箱に、スコープが取り付けられています。
その穴から中を覗いてみると・・・・・・・
真っ暗で何も見えません!!
実は、桑原さんのスコープアートを楽しむためには、ペンライトが必要となります。
よく見れば、真鍮の箱の一部には、
覗き穴とは別に、意味深な穴がいくつか空いています。
その穴に光を当て、改めて、中を覗いてみると、
部屋の一角であったり、中庭のようば場所であったり、
ノスタルジックで幻想的な光景が広がっていました!
しかも、光を当てる穴を変えると、ガラッと違う印象に変わります。
(注:内部は物理上写真で撮影できないので、なんとか想像してみてください!)
・・・・・ん?えっ?ちょ?待って??
椅子やら扉やら窓やら、
部屋の中にはいろんなものがあるわけですが。
冷静に考えたら、それらはすべて、
この小さな箱の中に納まっているわけで。。。
ということは、実際はどれくらいの大きさなのでしょう?
正解は、実物の100分の1のスケールで作られているとのこと。
しかも、ただ小さく作るだけでも、とてつもない作業なのに、
例えば、1、2ヶ月かけて、1つずつパーツから作り上げた椅子を、
アンティーク具合を再現するために、そこからダメージ加工させるのだそう。
それゆえ、スコープアート作品を1点制作するのに数か月かかるそうです。
なお、内部だけでなく、真鍮の箱ももちろん桑原さんの手作り。
さらに、ネジも一から作っているとのこと。
一人、下町ロケット。一人、佃製作所です。
ちなみに、今展には、そんな桑原さんの、
スコープアート作品が6点も出展されていますよ。
続いて紹介されていたのは、前田昌良さん。
絵画と立体作品、2wayで制作している作家です。
そんな前田さんの代名詞といるのが、「小さな動く彫刻」です。
前田さん曰く、立体作品とおもちゃのちょうど中間にあるような作品とのこと。
基本的にどの「小さな動く彫刻」にも、動く仕掛けが施されています。
例えば、こちらの《綱渡りの人生》という作品は・・・・・
ハンドルのような部分を回すと、
それに合わせて、ピエロが前後にひょこひょこと歩きます。
どれもシンプルな仕掛けながら、
思わず見入ってしまう不思議な魅力に満ちていました。
とはいえ、作品なので、お手触れは厳禁です。
ただし、毎日11時30分、14時30分、
ナイトミュージアムの日は18時30分頃に、
スタッフさんによって、「小さな動く彫刻」が動かされるそう。
展覧会に行くのであれば、動く時間に合わせて訪れることをオススメします。
ちなみに。
前田さんの「小さな動く彫刻」は、
仕掛けこそ、シンプルでありますが。
その制作は、決してシンプルではありません。
その独自の世界観を確立するため、細部にまでこだわって仕上げられています。
例えば、こちらの作品でいえば・・・・・
柱の中央部分が一番太く、
上下に向かって細くなっていますね。
造形美を追求する中で、柱もミリ単位で調整しているそう。
さらに、中にある針金+ピアノ線や、
銀色の花びら型のものも、ミリ単位で制作されているそうです。
見た目はおもちゃ、美意識は美術工芸品。
それが、「小さな動く彫刻」です。
最後に紹介されていたのは、高島進さん。
「素材と道具のためのドローイング」を長年追及している作家です。
音楽の世界には、「ピアノのためのソナタ」とか、
「ヴァイオリンのための協奏曲」とか、楽器のための楽曲がありますよね。
しかし、美術の世界には、素材や道具のための手法は特にありません。
そういうものが存在するのであれば、それは一体どんな手法なのか?
そのことを高島さんは常に考え続けているそうです。
例えば、こちらは「筆、インクと紙のためのドローイング」。
実際、どのようにドローイングするのか?
普通に説明すると、たぶんうまく伝わらない気がするので、
あえて料理番組の掛け合い風に紹介したいと思います(←?)。
「3分ドローイングのお時間です。先生、今日もよろしくお願いします。」
「今日も3分では到底終わりませんが、よろしくお願いします。」
「先生、今回使用する材料は何でしょう?」
「はい。使うのは、筆と紙、そして、赤・青・黄の3色のインクですね。
ここがポイントなのですが、3色のインクの明度は同じものにしてください」
「わかりました。」
「では、早速ドローイングをしていきましょう。
まずは、サイコロを振ります。
1から3の目が出たら赤、4か5なら黄、
6が出たら青のインクを使うことにします」
「それはそういう決まりなんですか?」
「今回はそういう設定にしましたが、
作品によって、設定は自由に変えて頂いてかまいません」
「なるほど。では、先生、サイコロを振ってみてください」
「はい。1が出ましたね。赤いインクを使います。
左下から左上、そして、右上、最後に右下と、線を引いていきます」
「最初の線は一番外側の線になるんですね」
「そうです。線が途切れないように、1筆でで引いていきます」
「途中でインクは付け直さないんですか?」
「はい。付けてはいけません」
「そうすると、徐々に線が細くなっていく気がするんですが?」
「それがこの技法の肝、味わいとなるのです」
「なるほど~」
「はい、え~、1本引き終わりました。
大体、1本の線を引くのに20分くらいはかかりますね」
「3分を余裕で超えましたね!」
「はい。1本線を引き終わったので、またサイコロを振ります。
今度は5が出たので、黄色ですね。
では、先ほどの線の内側に、また同様に黄色い線を引いていきます」
「これも20分くらいかかると・・・」
「そうですね。そして、この一連の作業を、
紙の白い部分を埋め尽くすまで行えば、作品は完成します」
「3分どころか、3か月ドローイングですね!」
と、まぁ、こんな感じで制作されているそうです。
近づいて観てみると、線がビッシリと引かれています。
想像するだけで、気が遠くなりました・・・。
この他にも、展覧会では、高島さんによる「金属筆と紙のためのドローイング」や、
「鉛筆削り、色鉛筆とキャンバスのためのドローイング」などが紹介されていました。
技法をすべて説明していたら、キリが無いのでこの辺で。
気になる方は、是非、展覧会でチェック頂けましたら幸いです。
ちなみに。
3人の作品だけでも、十分お腹いっぱいになりますが、
展覧会のラストではもちろん、浜口陽三の作品も紹介されています。
(注:浜口陽三の作品のみ撮影禁止。こちらの写真は、特別に許可を頂き撮影したものです。)
ヘンタ・・・・・いや、偏執的な3人の作家と、
その道のレジェンドともいえる浜口陽三の奇跡の競演!
こんな展覧会が楽しめるのは、ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションだけです。