■おもちゃ絵芳藤
作者:谷津 矢車
出版社:文芸春秋
発売日:2017/4/24
ページ数:314ページ
文久元年 (1861) 春。
大絵師・歌川国芳が死んだ。
国芳の弟子である芳藤は、国芳の娘たちに代わって葬儀を取り仕切ることになり、
弟弟子の月岡芳年、落合芳幾、かつては一門だった河鍋暁斎に手伝わせ無事に葬儀を済ませた。
そこへ馴染みの版元・樋口屋がやってきて、
国芳の追善絵を企画するから、絵師を誰にするかは一門で決めてくれ、と言われる。
若頭のような立場の芳藤が引き受けるべきだと樋口屋は口を添えたが、
暁斎に 「あんたの絵には華がない」 と言われ、愕然とする――。
(文芸春秋HPより)
「子どもたちが遊んだり学んだりするための浮世絵、
いわゆる 『おもちゃ絵』 を得意としたことから “おもちゃ絵芳藤” と呼ばれた歌川芳藤。
あの歌川国芳の愛弟子ではあるものの、
知名度は低く、マイナー感は否めない浮世絵師です。
おもちゃ絵にスポットを当てた展覧会は過去にありますが、
おそらく、芳藤だけにスポットを当てた展覧会は開催されていないはず。
そんな主役の器ではない人物を、
あえて主人公に抜擢した斬新な小説でした。
小説内の芳藤もそのことを十分自覚しています。
自他ともに仕事が丁寧であることは認めるものの、華はなし。
自分よりも若い芳年や暁斎の才能に対して、強いコンプレックスを抱いています。
しかも、溜め込むタイプの性格であるため、
そのことを本人たちには言えず、悶々とするばかり。
実に不器用な人物として描かれています。
これまで芸術家を主人公にした小説をたくさん読んできましたが、
ぶっちゃけ、この小説ほど、主人公にシンパシーを感じたものはありません!
何を隠そう、自分も芸人時代に、
才能ある人間を目の当たりにして、同じように悩んだものです。
才能が無いことを自覚するほど、絶望的なことはないですよね。
芳藤に思いっきり感情移入してしまいました。
それだけに、“ハッピーな展開が待っていますように!” と、
淡い期待を込めて読み進めたのですが、彼になかなかハッピーは訪れず。
どんなに真面目に生きたとしても、持って生まれた才能が変わることはない。
そんな残酷な事実を、この小説に教えられた気がします。
とはいえ、ちゃんとハッピーな展開もあるので、ご安心を。
そのシーンでは、電車内ながら、涙をぽろぽろとこぼしてしまいました。
もちろん小説の主人公は、芳藤ですが。
明治の世になり、急速に廃れていく浮世絵もまた、
この小説のもう一つの主人公と言ってもよいかもしれません。
オワコンと化す浮世絵。
新しいメディアに移る絵師もいれば、
最後の最後まで愚直に浮世絵にこだわる絵師や版元も。
どこか今のテレビとYouTubeの関係を彷彿とさせるものがあります。
明治時代の浮世絵に対する見方がガラッと変わる小説でした。
そうそう。見方がガラッと変わったといえば、おもちゃ絵に関しても。
当時、絵師たちは、おもちゃ絵の仕事を一段低く見ていたのだそう。
“おもちゃ絵芳藤” も、若干ディスが含まれたあだ名なようです。
絵師の間には、そんなヒエラルキーがあったのですね。
もしかしたら、それは今でもあるのかも。
例えば、漫画家とかで。
『週刊少年ジャンプ』 で連載中の漫画家が、
『月間コロコロコミック』 の漫画家を少し下に見ていたりして。
(星4.0)」
~小説に登場する名画~
《開化旧弊興廃くらべ》