現在、東京都美術館では、
“没後70年 吉田博展” が開催されています。
(注:館内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
名前は平凡ながら (?)、画家としての腕は非凡。
当時の洋画界のドンであった黒田清輝と対立し、
黒田を殴ったというエピソードも残る反骨精神の塊のような人物です。
ちなみに、絵に対して一切妥協を許さない、
その徹底した姿勢から彼に付いたあだ名は、『絵の鬼』。
とはいえ、絵そのものは恐ろしくないので、怖がりの方もご安心を。
画風は、むしろ真逆。
ひとたび目にするなり、
心が落ち着くような風景を多く描いた風景画の名手です。
左) 《新月》 東京国立近代美術館蔵 (注:展示は1/26~2/28) 右) 《渓流》 福岡市美術館
そんな吉田博の没後70年を記念して開催される今回の大回顧展。
その展示のメインとなるのは、彼の洋画ではなく、
49歳になってから本格的に始めたという木版画です。
当時、海外で日本の浮世絵は人気がありましたが、
それは江戸時代に作られたものや、その伝統に乗っ取って作られたものでした。
しかし、洋画家として成功を収めた吉田は、
セカンドキャリアとして、自分にしか作れない新しい木版画に挑むことにしたのです。
例えば、アメリカの名所を描いたシリーズのこの1枚。
《ナイヤガラ瀑布》
描かれているのは、そう、ナイアガラの滝です。
注目すべきは、滝の飛沫の表現。
浮世絵には当然あるはずの、輪郭線がありません。
これによりダイナミックな飛沫や空気感が見事に表されていますよね。
また、奈良県の観光スポット猿沢池を描いたこの作品の水面にもご注目ください。
《猿澤池 関西》
やはり輪郭線がないことで、
まるで印象派の絵画のような雰囲気になっています。
伝統的な日本美術と西洋美術のいいとこどりのような作品です。
ちなみに、この 《猿澤池 関西》 は、
あのダイアナ妃の執務室にも飾られていたのだとか。
ダイアナ妃以外にも、精神科医のフロイトやマッカーサーも、吉田博のファンだったそうです。
さて、洋画らしい表現にこだわった吉田博ですが、
もちろん木版画ならではの表現にもこだわりました。
それは・・・・・
左) 《スフィンクスの夜》 右) 《スフィンクス》
同じ版木を使って、別の時間帯を表現するというもの。
まったく同じ版木ながら、その表情や印象は全然違います。
ちょっとした魔法を見せられてるような感覚に陥りました。
なお、その真骨頂ともいえるのが、
6パターンの帆船を表現したこちらの作品群です。
ため息ものの美しさ。
日本人だけならず、
世界の人々を虜にするのも納得です。
ちなみに。
吉田博の絵のセンスにも舌を巻きますが、
これらの木版画を制作した摺師と彫師の技も見逃せません。
動物園の鳥を表現したこちらのシリーズでは、
《きぼたん あうむ》
羽毛の表現に、空摺りの手法が使われています。
これにより、もふもふ感が見事に表現されていました。
また、何よりも驚かされたのが、
日光東照宮の陽明門をモチーフにしたこちらの作品です。
《陽明門》
建築物の複雑な構造や、古びたニュアンスを表現するために、
なんと96度摺り (!) という途方もない工程を経て完成させているのだとか。
96回も摺り重ねるなんて、考えただけで気が狂いそうです。
でも、ここまで来たら、切りよく100度摺りにしても良かったかもしれませんね (←?)。。
さてさて、会場には、他にも・・・・・
吉田博の木版画の代表作の数々が紹介されています。
なお、これらの作品に描かれている風景は、
旅好き、登山好きだった吉田博が、実際に足を運び、その目で見たものばかり。
左) 《タジマハルの朝霧 第五》 右) 《タジマハルの夜 第六》
《雲海 鳳凰山》
コロナのせいで、まだまだ安心して旅行ができないこの状況だけに。
いつも以上に、吉田博の風景画が胸に刺さりました。
まさに今観るべき展覧会です。
ちなみに。
吉田博が戦後に1点だけ描いたという遺作が、こちら。
《農家》
描かれていたのは、どこにでもあるような農家の室内でした。
やっぱり自分の家が落ち着くわぁ。
ある意味、世界中を旅してきた吉田博の最後に相応しい作品と言えましょう。
最後に、余談ですが。
冒頭て紹介した 《ナイヤガラ瀑布》 と同じ、
米国シリーズのうちの1点 《レニヤ山》 を鑑賞していた時のこと。
“何かこの山の形、どこかで見たことがあるんだよなぁ”
とデジャヴを感じてしまいました。
レニヤ山・・・・・レニヤマウンテン・・・・・マウンテンレニヤ・・・・・あっ、マウントレーニア!!
マウントレーニアってアメリカの山だったのですね。
なんとなく、南米かアフリカの山だと思っていました。
全然、吉田博関係ないですけど。