今年2021年は、昭和を代表する洋画家の一人、
香月泰男 (1911~74) の生誕110年目の節目の年。
それを記念して、現在、練馬区立美術館では、
“生誕110年 香月泰男展” が開催されています。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
出展数は、代表作や関連する素描などを含めて約150点。
初期から晩年の作品まで、制作順に沿って紹介されています。
香月といえば、過酷なシベリア抑留経験を題材にした、
いわゆる 「シベリア・シリーズ」 で知られる洋画家ですが。
もちろん従軍する以前は、戦争とは無縁の作品を描いていました。
それはゴッホ風の作品であったり。
ゴーガン風の作品であったり。
あるいは、ピカソ風であったり。
ピカソにはかなり影響を受けていたのでしょう。
バラ色の時代っぽい作品だけでなく、
キュビスムっぽい作品も描いていました。
しかも、白い鳩まで。
完全にピカソに寄せていってますね。
なお、初期に描かれた数々の作品の中で、
特に印象に残っているのが、《水鏡》 という一枚です。
水槽を見つめる坊主頭の少年。
それだけでも、なんか不穏な印象ですが、
左上に描かれた枯れた植物が、より不穏な印象を醸し出しています。
まるでクリーチャーの触手のよう。
あれに触れられたら、意識を乗っ取られるのでしょう。たぶん。
と、初期はわりとカラフルな作風だった香月ですが、
やがて日本に目を向けるようになり、日本画の画材の研究に取り組みます。
そして、辿り着いたのが、やがて方解末という日本画の顔料を絵の具に混ぜ、
あえてざらっとした画面を作り、その上に薄く溶いた黒い絵の具で描くスタイルです。
当初は、このオンリーワンのスタイルで、
身近なモチーフを描いていた香月でしたが。
のちに、シベリアでの捕虜生活時の記憶をもとにした絵を描くようになります。
そんな 「シベリア・シリーズ」 の中で、
特に多く描かれているのが、収容所の仲間たちです。
物言わぬ顔でこちらを見つめる人々。
その苦悶に満ちたような表情に、
思わず胸をギュッと締め付けられるものがありました。
目を逸らしたい。でも、逸らすことができない。
そんな不思議な引力がありました。
さてさて、この 「シベリア・シリーズ」 の印象が強すぎて、
以来、こんな暗い絵を描いていた画家とばかり思い込んでいましたが。
その後、カラフルとまでは言いませんが、色が復活。
さらには、雪の情景を描いた優し気な作品も発表しています。
また、62歳で心筋梗塞で急逝した際に、
アトリエに残っていたというのがこちらの3点。
左から月の出を描いた作品、日の出を描いた作品、
そして、ロシアの港町ナホトカの渚の光景を描いた作品です。
どれも雄大な自然がモチーフ。
「シベリア・シリーズ」 のような抑制された雰囲気はありません。
最終的には、暗く重苦しい作風から脱却したようで何より!
シベリアでの辛い経験を最後までずっと引きずっていたわけではないのですね。
・・・・・・と思ったら。
ナホトカの渚に近づいた際に、
思わず 「ヒッ!」 という声にならない声をあげてしまいました。
そこには、無数の顔・顔・顔・・・。
何この伊藤潤二のホラー漫画のような展開?!