東洋文庫ミュージアムで開催中の“日本語の歴史展”に行ってきました。
こちらは、日本語の言葉通り、
日本語の歴史にスポットを当てた展覧会です。
日本語の歴史。
なんとなく知っているような。
軽い気持ちで訪れましたが、
展覧会の冒頭のパネルで衝撃的な事実を突きつけられました。
・・・・・・ちょっとだけ簡単に要約しますと。
世界には、英語やドイツ語、ヒンディー語、中国語など、さまざまな言語があります。
これらの言語は、同じ言語の祖先(祖語)より、
枝分かれしたと考えられる「語族」にまとめられるそうです。
その中でもっとも大きな語族が、インド・ヨーロッパ語族。
実は、英語もドイツ語もヒンディー語も、
元をたどっていくと同じ語族ということになるのだそう。
中国語は、チベット語やビルマ語などと同じ「シナ・チベット語族」に含まれます。
では、日本語はどの語族に含まれるのか?
江戸時代より、日本語と朝鮮語は近いと考えられており、
長い間、それぞれ同じ語族に属すると思われていたそうですが。
現在は、トルコ語、モンゴル語と同じ「朝鮮語族」に含まれる朝鮮語に対し、
日本語は、他の言語と共通する祖語が無い孤立した言語である説が有力なのだとか。
つまり、日本語の起原については、今のところよくわかっていないということ!
僕らが毎日のように当たり前に使っている言葉は、
一体どこからきて、どのように広まっていたのか未だ解明されていないのです。
日本語がそんなにも謎多き言語だったなんて。
日常に潜むミステリですね。
さて、そんな日本語の歴史を紐解く上で欠かせないのが、
現存するわが国最古の歴史書とされる『古事記』と『日本書紀』です。
この頃まだ日本には文字がなかったため、
中国から伝わった漢字を使って記述されています。
その序文には、こんな愚痴のような言葉があるのだそう。
「漢字の意味を用いて記すと日本語の表現が伝わらず、
漢字の音で表記すると長くなってしまう」
実際どれくらい面倒くさいのでしょうか。
例えば、こちらの一文をご覧くださいませ。
「いづも」は「伊弩毛」。
「やえがき」は「夜覇餓岐」。
ヤンキーの特攻服のルーツは、
『古事記』と『日本書紀』にあったのですね!
と、それはさておき。
確かにこれは面倒くさそうです。
それから時代が少しくだって、
『万葉集』が登場する頃もまだ漢字オンリー。
ただ、『古事記』や『日本書紀』の頃と比べて、
使われる漢字がヤンキーっぽくなくなったような。
とはいえ、まだ面倒くさそうです。
そして、9世紀。
いよいよ、アレが発明されます。
そう、カタカナです。
とある寺院の僧侶によって発明されました。
経典の余白に素早く訓点を書き込むために
漢字の半分、つまり片側だけを用いたのです。
なるほど。だから、片仮名なのですね。
さらに、平安時代には平仮名が発明され、
鎌倉時代には和漢混交文という文体が発達します。
和漢混交文とは、今僕らが使っている漢字かな混じり文の源流というべきもの。
和文の中に漢語が入り混じった文体です。
漢語は、いうなれば、当時の外来語。
鎌倉時代の武士たちは、それを積極的に取り入れていたようです。
今で言えば、
「リスケになったブレストのアジェンダだけど、スキーム作っておいて」
「アグリー」
みたいな感じでしょうか。
鎌倉時代の武士たちは意識高い系だったのですね。
さてさて、展覧会では、このあと、
室町~江戸~明治の日本語の変遷も紹介されています。
それらをすべて紹介していると長くなるので、
気になる方は、是非続きは東洋文庫ミュージアムで!
日本語の奥深さに、目から鱗が落ちる展覧会でした。
ちなみに。
数ある出展作品の中で、個人的にささったのは、
江戸時代の戯作者・恋川春町による滑稽本『金々先生栄花夢』です。
タイトルにある「金々先生」とは、
「イケてる金持ち」という当時の流行語とのこと。
この本には他にも多数の流行語が登場するそうで、
キャプションではその一つとして、「しこため山」が紹介されていました。
意味は、「(お金を)しこたま貯めこむ」とのこと。
「山」は単なる語感だそうです。
「おつかれ山」のルーツが江戸時代にあったとは!