この夏、渋谷区立松濤美術館で開催されているのは、
“私たちは何者?ボーダレス・ドールズ”という展覧会です。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
渋谷区立松濤美術館といえば、
昨年、異性装をテーマにした展覧会が開催され、話題となりましたっけ。
それゆえ、なんとなく、“ボーダレス・ドールズ”と聞いて、
男性でも女性でもない中性的な人形を紹介する展覧会なのかと思っていました。
が、しかし!
会場に足を踏み入れた途端、全然違ったことに気付かされました(汗)。
この展覧会で紹介されているのは、全国津々浦々から集められた日本の人形たち。
それらの中には、雛人形や郷土人形、生人形、
マネキンやフィギュア、リカちゃん人形、さらには、ラブドールも展示されていました。
ひとことで人形と言っても、その種類はさまざま。
民俗、考古、工芸、彫刻、玩具と、
特定の一つのジャンルに振り分けるのは難しく、
ジャンルの垣根を越えたものが多く存在しています。
なるほど。だから、ボーダレスなのですね。
また、そういった名も無き人々が作った(?)人形だけでなく、
人形作家として初の人間国宝にもなった平田郷陽による人形や、
右)平田郷陽《児と女房》 昭和9(1934)年 横浜人形の家蔵(注:展示は7/1~7/30)
左)平田郷陽《洛北の秋》 昭和12(1937)年 国立工芸館蔵
海洋堂所属のフィギュア造形作家BOMEさんと、
国際的に活躍する現代アーティスト村上隆さんがコラボし、
世界でも高い評価を受けた《Ko²ちゃん(Project Ko²)》など、
村上隆《Ko²ちゃん(Project Ko²)》 1/5原型制作 BOME(海洋堂) 平成9(1997)年 個人蔵
©1997 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
芸術家によって作られた美術作品も多く紹介されています。
・・・・・・・あ、いや、でも、同じ人形、同じ立体物なのに、
なぜ、平田郷陽や村上隆さんの人形は美術作品と思えたのでしょう?
展覧会では、晩年の竹久夢二が制作した人形も紹介されていました。
竹久夢二《ピエロ》 昭和5(1930)~昭和9(1934)年 国立工芸館蔵(注:展示は7/1~7/30)
まぁ、これは、美術作品という理解で問題ないでしょうかね。うん。
では、長野の農民たちが副業で制作したこれらの木端人形は・・・・・
上)青木農美生産組合《木片人形》 大正15(1926)年頃 上田市立美術館蔵
下)日本農民美術研究所《木片人形サンプル》 昭和時代・20世紀 上田市立美術館蔵
美術品でしょうか?それとも、民芸品でしょうか?
うーん、考えれば考えるほど、
美術とそうでないもののボーダーが曖昧になってきました。
実はそれこそが、この展覧会の真の狙い!
ボーダレスな日本の人形を通して、
芸術とは何かを考えようという展覧会なのです。
ありそうでなかった新感覚の展覧会。
自分の中の芸術観に気づかされる展覧会です。
さて、展覧会の内容そのものもパンチが効いてますが、
展示されている人形もパンチが効いているものが多かったです。
例えば、展覧会のメインビジュアルにも使われている《人形代》。
《人形代〔男・女〕〔平安京右京六条三坊六町跡出土〕》 平安時代・9世紀 京都市指定文化財 京都市蔵
一般的に、《人形代》というと、こちらの平べったいタイプが多いのだそう。
左)《人形代〔平安京右京三条ニ坊十六町「斎宮」邸跡出土品〕》 平安時代・9世紀 京都市指定文化財 京都市蔵
右)《人形代〔平安京右京八条ニ坊二町出土遺物〕》 平安時代・9世紀 京都市考古資料館蔵
この平べったい板状の《人形代》は、
自分の代わりに病気や体の不調を引き受けてくれるものなのだそうです。
対して、こちらの《人形代》は立体的です。
《人形代〔男・女〕〔平安京右京六条三坊六町跡出土〕》 平安時代・9世紀 京都市指定文化財 京都市蔵
出土した際は取れてしまっていたそうですが、
もとは、背面で両腕を縛られた姿だったそうです。
このタイプの《人形代》は、呪殺用とのこと。
男のほうには、「葛井福万麿(ふじいふくまろ)」、
女のほうには、「檜前阿古(ひのくまあこ)」と書かれています。
おそらく、それが呪い殺したかった人の名前。
まさか、自分への呪い人形が、遠い未来に発掘され、
ましてや、展覧会のメインビジュアルに採用されるだなんて。
葛井さんもさぞかしビックリしていることでしょう。
そうそう。身代わり、といえば、こんな人形も。
左右ともに《サンスケ》 昭和時代・20世紀 青森県立郷土館蔵
津軽地方に伝わる《サンスケ》です。
なんでも、津軽地方では、山で仕事をする人が、
12人で山に入ると、神の怒りにふれ、災いが起こるという伝承があったのだとか。
それゆえ、どうしても12人で山に入る際には、
13人目の人として、サンスケを持っていったのだそうです。
なお、サンスケが人でないことが、神様にバレないよう、
サンスケに声をかけたり、一緒に食事をしたりしたのだとか。
それで騙される神様ってどうなのよ。
てか、そもそも、どうしても12人でしか山に入れない状況って何?!
どうにか一人連れて行くか、一人減らせばいいでしょ。
もしくは、6人6人に分かれるとか。
普通に考えたら、《サンスケ》の出番なんてそんな無いような。
続いて、印象に残っているのは、
博多人形の名匠とされる小島与一の代表作《三人舞妓》です。
小島与一《三人舞妓》 大正13(1924)年 アトリエ一隻眼蔵
博多人形なので、この3人の女性の服は、
実際に着ているわけではなく、彩色で表現されています。
さらに、3人それぞれが独立しているのでなく、
3人と床机まとめてのひと塊(?)で制作されています。
なんという超絶技巧!
なお、この作品と同じものが、大正14年にパリ万博に出品され、
見事銀賞を受賞し、「ハカタ・ドール」の名を世界に知らしめたそうです。
最後に紹介したいのは、こちら。
荻島安二《マネキン》 大正14(1925)年 株式会社 七彩蔵
なんと、国産最古の貴重な洋装マネキンの一つです。
手掛けたのは、彫刻家の荻島安二。
なるほど。それゆえ、コントラポスト。
マネキンなのに、躍動感がありました。
ランウェイを歩く気満々です。
┃会期:2023年7月1日(土)~8月27日(日)
┃会場:渋谷区立松濤美術館
┃https://shoto-museum.jp/exhibitions/200dolls/
┃※18歳以下(高校生含む)は一部作品鑑賞不可