今年2023年にめでたく開館20周年を迎えたパナソニック汐留美術館。
それを記念して、この夏開催されているのが、“中川 衛 美しき金工とデザイン”。
金沢市出身で金沢市をを拠点に活動する金工作家で、
2004年に戦後生まれとしては初となる初の重要無形文化財保持者、
いわゆる、人間国宝に認定された中川衛さん(1947~)にスポットを当てた展覧会です。
(注:会場の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
ところで、まず何よりも気になるのが、
パナソニック汐留美術館の20周年記念と、
人間国宝の中川衛さんに、一体何の関係があるの?ということ。
まったく接点が無いような気がしますが、
いやいや、ところがどっこい、実は接点は大アリなのです!
というのも、金沢美術工芸大学で工業デザインを専攻した中川さんが、
1971年に入社したのが、大阪の松下電工(現パナソニック)だったのだとか。
社員時代には、美容家電製品などのデザインに携わっていたそうです。
展覧会の第1章では、そんな松下電工時代の仕事にフォーカスが当てられていました。
展示されている内容といい、スタイリッシュな内装といい、
第1章を観ただけでは、とても人間国宝の展覧会とは思えませんでした。
もちろん、いい意味で。
さてさて、そんな中川さんに転機が訪れたのは、27歳の時のこと。
石川県立美術館で行われていた展覧会で、
たまたま目にした加賀象嵌に魅了されたのでした。
《「の」の字文象嵌鐙》 17世紀(江戸時代) 加賀本多美術館蔵
念のため、ご紹介しておきますと。
「象嵌」とは、金属の表面をまず鏨で彫り、
その溝の部分に異なる金属を嵌めこんで模様を作り出す技法のこと。
非常に精緻さが求められる技術で、象嵌部分の深さはわずか1mmもありません。
なお、上の《「の」の字文象嵌鐙》でいえば、
迷路状のような模様と、たくさんある「の」の字が象嵌です。
何でまたこんなにも鐙を「の」の字で埋め尽くしたかったのか?
この作者は、大量の「の」を作っている際に、
きっとゲシュタルト崩壊を起こしたことでしょう。
と、話を中川さんに戻しまして。
すっかり加賀象嵌の魅力に開眼した中川さんは、
当時加賀象嵌の第一人者であった彫金家の高橋介州のもとを訪れたそうです。
高橋介州《加賀象嵌 埴輪馬置物》 20世紀(昭和時代) 公益財団法人宗桂会蔵
そして、彼に入門し、加賀象嵌の修行をすることに。
こうして金工家としてのセカンドキャリアがスタートしたのでした。
展覧会の第2章では、そんな中川さんの作品、
貴重な初期のものから最新作までが、一堂に会しています。
中川衛《象嵌朧銀花器「北杜の朝」》 2016年 パナソニックホールディングス株式会社蔵
中川さんの作品に使われている象嵌は、ただの象嵌ではなく、
象嵌の中でも特に難易度の高い「重ね象嵌」が使われています。
これは、複数の異なる金属の層を組み合わせて意匠を構成するというもの。
1種類の金属を使う普通の象嵌ならば、
地となる金属の一部を鏨で薄く削り取って、
その部分に同じ形の別の金属を嵌め込んだであろうことは、なんとなく理解できます。
(いや、それだって、十分にスゴいことなのですが)
しかし、中川さんの重ね象嵌にいたっては・・・・・
中川衛《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》 2017年 金沢市立安江金箔工芸館蔵
もはや理解が追い付きません(汗)。
何をどの順番でどうやってどうやったら、
こんな複雑な模様を金属だけで作り出せるのか。
しかも、それらの模様がペタンとした板上の金属でなく、
カーブのある曲面に施されているわけですから、いよいよ理解不能です。
展覧会の冒頭で、パナソニック時代のプロダクトの数々を目にしていたのもあって。
そして、中川さんの作品がスタイリッシュな印象もあって。
もはや人の手作られた工芸美術品ではなく、
工業生産されたプロダクトのように思えてきました。
そう考えないと、自分の中で腑に落ちないくらいに、とても人間技とは思えません。
さすが20周年記念展。
素晴らしいものを観させて頂きました。
ちなみに。
重要無形文化財保持者(人間国宝)は、
ただ、作品を制作していればいい、というわけではないそう。
技術を継承することもまた、重要な使命の一つです。
それゆえ、第3章では、中川さんの作品とともに、
中川さんが教えた金工作家11名の作品も紹介されていました。
まるで北島三郎ファミリーが勢ぞろいしたかのような。
シルバーに輝く展示台も、豪華な舞台のように見えました。
┃会期:2023年7月15日(土)~9月18日(月・祝)
┃会場:パナソニック汐留美術館
┃https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/23/230715/