東京都現代美術館で開催中の展覧会、
“豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表”に行ってきました。
1990年より30年以上にわたって活動を続けている現代美術家、
豊嶋康子さん(1967~)の美術館においては初となる大規模個展です。
これまで制作した作品を可能な限り集めたそうで、
実に500点あまり(!)が会場に一堂に集結しています。
さてさて、豊嶋さんはこれまで一貫して、
社会の制度や約束事に対して、対峙する作品を発表し続けてきました。
例えば、デビュー作となる《マークシート》。
普通の人であれば、マークシートは、
マークするべき部分を塗り潰すわけですが。
豊嶋さんは、それ以外を塗り潰します。逆に。
また例えば、《鉛筆》という作品。
普通の人であれば、鉛筆は、端から削って使うわけですが。
豊嶋さんは、真ん中から削ります。逆に。
僕らが日常で普通に使うものを、普通ではない使い方をする。
それが豊嶋康子というアーティストです。
また、普通のアーティストであれば、
素材にしないものも、豊嶋さんはアートにしてしまいます。
それは、社会制度や経済活動といったもの。
例えば、こちらは2003年に発表された《生涯設計》という作品です。
パッと見、保険の契約書に思えますが、
思えるどころか、本当にただの保険の契約書です。
なんでも、この作品が発表された展覧会のスポンサーが生命保険会社だったそうで。
豊嶋さんはその会社の保険に加入し、
10年契約の更新型終身移行保険を自分自身にかけたそうです。
もし、10年内に豊嶋さんが亡くなった場合、
展覧会の賞金の約7倍の保険金が豊嶋さんの兄に入ります。
反対に、10年間、豊嶋さんが亡くならなければ、
展覧会の賞金の約3分の1の保険料を契約期間中に払うことになります。
自分自身の生存によって、自分もしくは兄が手にするお金が変わってしまう。
そんな保険の制度そのものを作品にしたものです。
また例えば、《口座開設》という作品。
銀行に訪れた豊嶋さんは、まず1000円を入金して口座を開設します。
キャッシュカードが手元に届くと、その1000円を引き出し、
別の銀行を訪れて、その1000円で新たに口座を開設しました。
その行為を繰り返して、誕生したのがこの作品です。
なお、豊嶋さんは自分自身の活動を作品にするだけではありません。
こちらの《書体》という作品には、多数の「豊嶋康子」の文字で埋め尽くされています。
実はこれらはすべて、豊嶋さん宛の郵便物に書かれていた宛名。
つまり、自分自身以外が書いた「豊嶋康子」の文字を集めた作品なのです。
豊嶋さんに郵便物を送った人たちは、
まさか自分の書いた字が作品になっているとは、夢にも思わないことでしょう。
ちなみに。
作品に巻き込まれる(?)のは、
豊嶋さんの周囲の人だけにあらず。
こちらは、《狂犬病》という作品。
おそらく、飼い犬の行為も作品化されていました。
他にも、大量のソロバンを会場全体に1周繋げた作品や、
(タイトルは、《エンドレス・ソロバン》!)
これまでに受け取った賞状の数々を並べてみた作品なんかが展示されています。
率直に言って、展覧会を観ている最中はずっと、
「この人は何をやってるんだろう?」と思っていました。
そして、「僕は何を観させられているんだろう?」とずっと思っていました(笑)。
アートというのは、本当に幅が広く、
何でもアートになるとは、頭で理解していたつもりですが。
保険に加入することや、銀行の口座を開設すること、
郵便物を受け取ることといった日常の行為が、アートになるなんて。
豊嶋さんのおかげで、また一つアートの扉が開けた気がします。
たぶん、その扉の先には、豊嶋さん一人しかいないでしょうけど(笑)
ちなみに。
豊嶋ワールドにどっぷりと浸かってしまったせ(?)で。
会場内の手すりに開いたただの穴が、作品に思えてしまいました。
あと、帰り道に目にした無数の板もまた、作品に思えてしまいました。
家に帰るまでが、豊嶋康子展です。