もし、芸術家たちが漫才をしたら・・・。
彼らのことが、なんとな~くわかるネタを披露して頂きます。
それでは、皆様、どうぞ芸術漫才をお楽しみください
あるる (左・ゴーギャン 右・ゴッホ)
ゴッホ 「ゴッホ [1] で~す!」
ゴーギャン「ゴーギャン [2] です。」
ゴッホ 「二人合わせて、 “あるる” です。よろしくお願いしま~す!」
ゴーギャン「お前、テンション高いよ」
ゴッホ 「いやぁ、だって、こうして、久しぶりにゴーギャン君とコンビを組めてるわけじゃない♪」
ゴーギャン「あぁ、そう」
ゴッホ 「僕ら、相思相愛なんですよ」
ゴーギャン「いやいや、そんなことないですから」
ゴッホ 「ゴーギャン君、照れなくていいのに」
ゴーギャン「照れてるわけじゃないって」
ゴッホ 「まぁまぁまぁ。とにかく、今日は皆様にコンビ名だけでも憶えて帰ってもらいたいですよね」
ゴーギャン「そうですね」
ゴッホ 「よく、何で“あるる”ってコンビ名なのかって聞かれるんですけどね。うちの母に。」
ゴーギャン「じゃあ、家で話せよ!ここで、話さなくていいだろ」
ゴッホ 「“あるる”ってのは、南フランスにある街の名前なんですよ」
ゴーギャン「話すんだ」
ゴッホ 「僕ね、日本好きでしょ [3]」
ゴーギャン「急に言われても知らないよ」
ゴッホ 「浮世絵を初めて見た時、ビックリしたんですよ。日本ってスゴい国だなぁって」
ゴーギャン「確かに、浮世絵は衝撃的だったよね」
ゴッホ 「風景を描いた浮世絵を観たら、影が描かれていないんですよ!」
ゴーギャン「あぁ、影は無いよね」
ゴッホ 「よっぽど眩しい国なんだなぁって」
ゴーギャン「そういうことじゃないよ!あれは、あえて描いてないだけだろ」
ゴッホ 「で、日本みたいに太陽が眩しいところに憧れて、アルルに移り住んだってわけなんですよ」
ゴーギャン「お前、バカだろ」
ゴッホ 「アルルは、ヒマワリ畑がいっぱいで、まさに日本のイメージそのものだったね」
ゴーギャン「そんなの日本でも、北海道とか成田ゆめ牧場だけだよ」
ゴッホ 「この日本みたいなアルルを、是非、一緒に味わって欲しくて、
いろんな画家に声をかけたんだけど、結局来たのは、ゴーギャン君一人だったんですよ。
で、二人で黄色い家 [4] に同棲しまして・・・」
ゴーギャン「おいおい、同棲って言うなよ!なんか誤解されるだろ」
ゴッホ 「(しみじみと)いやぁ、あの時は、本当に楽しかったなぁ」
ゴーギャン「楽しくなかったよ」
ゴッホ 「え~っ?何で?」
ゴーギャン「まず、俺の部屋に飾られてたひまわりの絵 [5] はなんだよ」
ゴッホ 「僕と一緒に暮らしてくれるゴーギャン君への感謝と愛を込めて精一杯描いたんだよ」
ゴーギャン「街中にヒマワリ畑があるのに、
何で自分の部屋でまで、ヒマワリを観なきゃいけないんだよ!しかも、4点も!」
ゴッホ 「ヒマワリ好きなイメージがあったから」
ゴーギャン「どんなイメージだよ!あ、あと、お前、夜になると俺の寝室に来て歩き回ってただろ?」
ゴッホ 「バレてたの?」
ゴーギャン「もしかして、お前にそっちの気があるのかと、毎晩ヒヤヒヤしてたわ [6]」
ゴッホ 「そ、そ、そんなことないよ (汗)」
ゴーギャン「めちゃめちゃ動揺してるじゃねーか!」
ゴッホ 「いや、僕は、ただの普通のゲイ術家だし」
ゴーギャン「その表記が怪しすぎるだろ!それから、極めつけは、お前が耳を切った事件 [7] ね」
ゴッホ 「テヘぺロ♪」
ゴーギャン「“テヘペロ♪”じゃねーよ!
料理してたら、指切っちゃったみたいなノリにすんなよ」
ゴッホ 「あれ、僕もよく覚えてないんだよね。何で、耳切ったんだっけ?」
ゴーギャン「とりあえず、俺らが絵のことで口喧嘩をして」
ゴッホ 「うんうん」
ゴーギャン「そしたら、お前が、急にキレてカミソリ持って、俺に切りかかってきて」
ゴッホ 「うんうん」
ゴーギャン「で、俺が逃げて。その後、家で一人きりになったお前は、
持ってたカミソリで耳たぶを切り落としたらしいじゃん」
ゴッホ 「あ、なるほど」
ゴーギャン「いやいやいや、なるほどってならないだろ。かなりワケがわからないよ。
ワケがわかるお前が怖いよ」
ゴッホ 「俺だったら、その後、その切り取った耳たぶを誰かにあげるけどね」
ゴーギャン「・・・・・実際、そうしたんだよ。
近くの売春宿の売春婦に渡したんだってよ。確実にドン引きだろ」
ゴッホ 「いや、今、思い出したけど、その女の人、喜んでたよ」
ゴーギャン「ウソつけよ」
ゴッホ 「“私もちょうど耳たぶを人に渡したばかりだったんです”って」
ゴーギャン「そいつもかよ!」
ゴッホ 「まぁ、それらも含めて、アルルの日差し並みにキラキラした思い出ですよね」
ゴーギャン「何、一人で巧いことまとめてんだよ」
ゴッホ 「というわけでさ、もう一回、同棲しようよ」
ゴーギャン「しないって」
ゴッホ 「今度は絶対上手くいくって」
ゴーギャン「いかないよ。そもそも俺ら制作スタイルが全然違うわけじゃん。
俺は、記憶を元に、想像力で描くけど、お前は、目の前にモデルが無いと描けないだろ」
ゴッホ 「そうだね」
ゴーギャン「だから、また絵のことでケンカになるって」
ゴッホ 「ならないと思うけどなぁ」
ゴーギャン「いや、なるね。で、ケンカになって、お前は、またカミソリを取り出すね」
ゴッホ 「あっ、それは大変だ!」
ゴーギャン「だろ?」
ゴッホ 「だって、俺、もう耳があと一個しか残ってないもん」
ゴーギャン「お前の心配かよ!もういいよ。タヒチに帰らせてもらうわ! [7]」
二人 「どうもありがとうございました」
[1] フィンセント・ファン・ゴッホ (1853~1890) オランダ生まれのポスト印象派の画家。
世界で最も人気のある画家の一人であるが、生前は1点しか作品が売れなかった。
[2] ポール・ゴーギャン (1848~1903) 株式仲買人を脱サラし、画家に。
ゴッホとともに、ポスト印象派を代表する画家の一人である。
代表作は、やたらとタイトルの長い 《われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか》
[3] 日本文化、とりわけ浮世絵に強い興味を惹かれ、約400点もの浮世絵を収集したと言われる。貧乏なのに。
[4] ゴッホが画家との共同生活のために借りた家。本当に黄色かったそうな。
アルルのラマルティーヌ広場にあったというが、今は無い。
[5] ロンドンのナショナルギャラリーにある 《15本のひまわり》 は、そのうちの1点。
[6] これはあくまで噂の話。ちなみに、生涯で4人の女性にアタックしている(但し、全戦全敗)
[7] 共同生活から約2ヶ月目のクリスマスイブに起きたトンデモ事件。
[8] ゴッホとの共同生活の解消後、西洋文明に絶望したゴーギャンは、妻子を捨てて、タヒチへと渡った。
その後、一度パリに戻るが、晩年は再びタヒチへ。
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エントリーNo.0001 あるる(ゴッホ ゴーギャン)
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