その不気味すぎる微笑で美術の教科書などに登場しては、
多くの子供たちに恐怖とトラウマを植え付けている (?) 日本一有名な少女像・麗子。
そんな 《麗子像》 の連作で知られる洋画家・岸田劉生をフィーチャーした美術展は、これまでにもありましたが。
現在、世田谷美術館では、岸田劉生だけでなく、
その父である吟香と、さらに娘である麗子本人の3人をフィーチャーした美術展が開催されています。
その名も、 “岸田吟香・劉生・麗子 知られざる精神の系譜” 。
会期は、4月6日までです。
会場の冒頭では、岸田劉生 《童女図(麗子立像)》 をはじめ・・・
1923(大正12)年4月15日、神奈川県立近代美術館蔵
たくさんの麗子が、出迎えてくれました。
なかなかの迫力です。
(注:館内の写真撮影は、特別に許可を頂いております)
教科書で観た麗子と同じくらいに不気味な麗子もいれば、
それ以上にパワーアップしている麗子や、16歳に成長した麗子もいました。
その中には、ハダカの麗子も。
さて、岸田3世代のトップバッターを飾るのが、劉生の父・岸田吟香 (1833~1905) です。
中島待乳 《岸田吟香肖像写真》 明治初期 日本カメラ博物館蔵
岸田吟香は、民間人として初めて新聞を発行したり、
日本初の本格的な和英辞書の編纂をしたり、日本初の従軍記者をつとめたり、
・・・と多彩な活躍をした人物だったようです。
さらには、銀座に楽善堂という薬屋を構えて、
ガラスの小瓶入りの液体目薬 「精奇水」 を発売するという実業家としての一面も。
会場では、その 「精奇水」 のパッケージだけでなく、
吟香本人が、精奇水のコスプレをしている広告も紹介されていました (笑)
小林清親 《桃花散・百発百中膏・精錡水》 引札
制作年不詳 内藤記念くすり博物館蔵
また、当時の多くの芸術家とも交流があったようで、
岸田吟香との関わりが深かった芸術家たちの作品が紹介された一角もありました。
一方、岸田3世代のトリを務める娘・麗子 (1914~1962) のコーナーも充実。
演劇人でもあり、父譲りの画家でもあった麗子の生涯が余すことなく紹介されていました。
麗子が、自分の子供を描いた作品もあれば、
(画面左は、長男を描いた 《部屋の中》。画面右は、次女を描いた 《花と少女》)
逆に (?) 、在りし日の劉生の姿を描いた 《1923年8月の思出》 などが展示されていました。
1958(昭和33)年6月11日 個人蔵
ただ、作品以上に個人的に印象的だったのは、晩年近くの麗子のポートレート。
劉生が描いた16歳の時の麗子の絵や、若き日の麗子の写真を観ると、
あの 《麗子微笑》 のモデルと同一人物とは、到底思えなかったのですが。
晩年近くポートレートの麗子の顔は、まさに 《麗子微笑》 のあの顔でした!
人間は、紆余曲折を経て、元の顔に戻るものなのですね (笑)
あくまで岸田劉生がメインで、岸田吟香と麗子は、サブ的な扱いかと思いきや。
ちょうど会場を3等分するように、均等にフィーチャーされていたのが何よりも印象的でした。
まさに、 “知られざる” 人物に出合える見応えたっぷりの美術展です。
もちろん。
岸田劉生のコーナーも充実しています。
自画像や風景画といった劉生らしい洋画作品が展示されている一方で、
珍しい日本画作品など、
“知られざる” 劉生の一面も紹介されています。
こちらも見応えたっぷり。
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岸田吟香・劉生・麗子 知られざる精神の系譜
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