今回紹介する美術展は、
ラフォーレミュージアム原宿で開催中の “デヴィッド・リンチ展 ~暴力と静寂に棲むカオス” です。
デヴィット・リンチと言えば。
映画 『ワイルド・アット・ハート』 や 『マルホランド・ドライブ』 、
そして、 『ツイン・ピークス』 シリーズでお馴染みの映像作家というイメージが強いですが。
実は、写真作品に、
絵画作品に、
ドローイング作品に、
と、マルチな分野で作品を発表しているのです。
しかも、それらの作品は、映画作品と同じくらいに評価されており、
カルティエ現代美術財団やマックス・エルンスト美術館で大型の個展が開催されたほどなのだとか。
そんなデヴィッド・リンチのアート作品 (ほぼ日本初公開!) が、
今回のデヴィッド・リンチ展では、余すことなく紹介されていました。
また、アート作品に加えて、
リンチ本人が、この美術展のために編集したという実験的な短編映像も紹介されています。
デヴィッド・リンチフリークには、たまらない美術展と言えましょう!
・・・・・・・でも。
デヴィッド・リンチフリークでない方にとっては、
たまらなくダウナーな気分になる美術展と言えましょう (苦笑) !
《MIGHTY MOUSE AND SPACESHIP》 のように、
可愛らしくなくもない作品もありましたが。
基本的に展示されているのは、リンチらしい暴力的でカオスな作品ばかり。
そのパンクな感じは、僕には、どうも合いませんでした。。。
これまでにも、ラフォーレミュージアム原宿では、
“ヘンリー・ダーガー展” や “ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展” を観賞していますが。
そのいずれとも、センスが合いませんでした。。。
僕は、おそらくラフォーレ原宿そのものとセンスが合わないのでしょう。。。
(そう言えば、ラフォーレ原宿で服を買ったことは一度もない!)
ただ、リンチの作風は受付なかったのですが。
リンチの作品や映像作品を、
迷宮のような、怪獣のお腹の中のような不思議な空間で展示するという、
今回の美術展の演出は、素直に面白いと思いました。
ハマる人には、ハマる美術展なのでしょうね( -_-)
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デヴィッド・リンチ展 ~暴力と静寂に棲むカオス
土偶・コスモス
岐阜県石山駅から、バスで約50分。
「こんなところに美術館なんて、本当にあるの??」
と、心配になってしまうくらいの山奥に、その美術館はありました。
MIHO MUSEUMです。
・・・・・と思ったら、これは、受付カウンター。
肝心のMIHO MUSEUMは、この500メートル先にあるのだとか。
というわけで、歩きます。
トンネルが見えてきましたが、まだまだ歩きます。
トンネルの中も、歩きます。
そして、トンネルを抜けると、そこに・・・
MIHO MUSEUMが現れました!
『桃源郷』 をイメージして、世界的な建築家イオ・ミン・ペイが設計した美術館とのこと。
ちなみに、イオ・ミン・ペイは、ルーブル美術館のガラスのピラミッドを設計した建築家。
なるほど、何となく通ずるところがある気がします。
さて、この桃源郷のようなMIHO MUSEUMは、
神慈秀明会の会主・小山美秀子のコレクションを展示するために1997年に開館した美術館。
アプローチの方法や全体的な雰囲気など、なんとなく熱海のMOA美術館っぽい印象を受けましたが。
どうやら、神慈秀明会なる宗教団体の教祖が、岡田茂吉とのこと。
繋がりは、かなり深そうです。
それはさておきまして。
現在、こちらのMIHO MUSEUMでは、 “土偶・コスモス” が開催中です。
こちらは、北は北海道から、南は九州まで、
120か所近くの遺跡から出土した土偶が、約220点も大集結した過去最大規模の土偶展!
その規模は、3年前に、トーハクで開催された “国宝 土偶展” を遥かに圧倒していました!!
しかも、国宝指定されている4件の土偶も、すべて勢ぞろい!
これぞまさしく、最強オールスターの土偶展。
土偶の紅白歌合戦、土偶のFNS歌謡祭、土偶のレコ大、
土偶の年忘れにっぽんの歌…というような超豪華な顔ぶれの土偶展でした。
おそらく、これを超える土偶展は、二度と開催出来ないと思います。
強がりでもなんでもなく、 「滋賀県まで足を運んで良かった!」 と思える展覧会でした。
さてさて、今回の土偶展の面白さは、何と言っても、日本全国から出土した土偶の多種多様さ。
余計なことは考えずに、純粋に、その形態の面白さ、そのデザインセンスに驚かされること必至です。
印象に残った土偶の数は、100体以上ですが。
抜粋に抜粋を重ねて、数体ほど、ご紹介いたしましょう。
まずは、初期の 《小形土偶》
和製クッキーマン?
これのクッキー (ビスケット?) があったら、即買いです!
続いて、青森県産の 《立像土偶》
「なんと りゅうぞうどぐうが おきあがり なかまに なりたそうに こちらをみている!」
・・・・・まぁ、仲間にはしませんけども (笑)
こちらの宇宙人みたいな土偶は、その名も、 《アスファルト土偶》
目元の黒い部分に埋め込まれているのが、天然のアスファルトなのだそうな。
縄文時代から、アスファルトがあったという事実に衝撃!
縄文時代とアスファルト・・・。全然結びつきません!!
今回の土偶展には、もちろん土偶界のメジャーどころ 《遮光器土偶》 も出展されています。
何を表しているのか、いまだに謎なのだとか。
僕には、木村太郎や北村弁護士に見えます。
変わり種の土偶も、たくさんありましたが。
《動物型土製品》 は、その中でも、もっとも印象的。
「イルカ型」 でも 「豚型」 でも 「アザラシ型」 でもなく、 「動物型」 。
何の動物かは、よくわからないことが、そのまま名前に現れていて面白いです (笑)
逆に、名前を付けた人に、 「言い切ったなァ!」 と感心してしまったのが、
こちらの 《みみずく土偶》 。
いやぁ、みみずくには見えません。
おそらく、この土偶の作者も、
「みみずくじゃないんだけどなぁ (苦笑) 」
と、草葉の陰で泣いているはず。
そこにいくと、 《異形土偶》 は、無難なネーミング (笑)
確かに、 『異形』 以外の何物でもありません。
今回の土偶展は、ただ単に、日本全国の土偶を集めて並べただけでなく。
土偶に関する様々なトピックも交えて紹介するなど、工夫もかなり凝らされていました。
特に、興味深かったのは、土偶に魅せられた現代の文化人を紹介するコーナー。
意外な人物と土偶の組み合わせに、興味津々でした。
例えば、ノーベル文学賞者・川端康成も土偶好き。
20世紀を代表する肖像写真家ユーサフ・カーシュによって撮影された肖像写真は・・・
自慢の 《縄文土偶・女子頭部胸部》 との2ショット。
プリクラみたいなポーズの川端康成を初めて観ました(笑)
(ちなみに、 《縄文土偶・女子頭部胸部》 の実物も展示されています)
そして、日本民藝館を設立した柳宗悦も土偶に魅せられた人物の一人。
この 《岩偶》 に一目惚れした彼は、
「日本民藝館のすべてのコレクションと取り換えてでも、この岩偶が欲しい!」
と発言したのだとか。
館長ご乱心でござる。
とりあえず、日本民藝館のコレクションが、
この 《岩偶》 1点だけという事態が避けられて、ホッと一安心です (笑)
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富岡鐵斎展
都の西北・早稲田大学に行ってまいりました。
たくさんの早大生がキャンパスを行き交う中で、大隈重信像を仰ぎ見たり、
大隈講堂を観ているうちに、
ちょっとだけ頭が良くなった気がします。
(↑この発言が、すでにバカw)
さてさて、今回の目的地は、そんな早稲田大学のキャンパス内にある博物館。
旧図書館を再生させる形で開館した會津八一記念博物館です。
現在、會津八一記念博物館では、来年の2月2日まで、
“富岡鐵斎展” が開催されています。
こちらは、日本重化学工業株式会社創業者の富岡重憲から寄贈されたコレクションの中から、
“最後の文人画家” と称される富岡鐵斎 (1836~1924) の作品群を紹介する美術展。
やたらと、 「富岡」 が登場しますが、富岡重憲と富岡鐵斎は、血族ではないようです。
あしからず (←?)
ちなみに、富岡重憲のコレクションは、
2004年に會津八一記念博物館に寄贈されるまでは、大田区の山王で、富岡美術館として公開していたのだとか。
(自分の家の近所に、そんな美術館があったなんて、知りませんでした!)
ともあれ、美術館が閉館しても、こういう形でコレクションを公開してもらえるのは、個人的には、嬉しい限り。
しかも、無料で!
富岡さん (=富岡重憲) には、いくら感謝してもし足りません。
さてさて、肝心の富岡作品 (=富岡鐵斎) は、 《寒山拾得図》 や、
《高士観瀑図》
《七福神之図》 をはじめ、
10点近く展示されています。
どの絵も、お世辞にも、 「巧いなぁ」 と感じる絵ではないのですが (笑)
これ以上ないくらいに味があり、コクもある独特の絵のタッチは、観れば観るほどクセになりました。
“富岡鐵斎展” が、もちろん今回の来訪のメインでしたが。
実は、もう一つ楽しみにしていたものが。
それが、こちら↓
博物館の正面ホールの階段上に設置された 《明暗》 という大作の日本画です。
この絵は、なんと横山大観と下村観山の合作。
明 (=太陽) を観山が、暗 (=雲煙) を大観が描いています。
ちなみに、使われている紙は、福井県の製紙家・岩野平三郎に特注した世界最大の手漉き和紙だそうで。
その和紙の紙漉き用の設備を作るだけで、2000円も要したのだとか!
(当時の早稲田大の授業料は、文系で140円)
さらに、この大作のために、大観は秘蔵していた乾隆帝時代の中国墨を用いたそうのだそうです。
なんとゴージャスな1枚でしょう!!
残念ながら、階段は上がれないようになっているため、絵の近くに寄ることは出来ませんでしたが。
それでも、そのオーラは十分に感じることが出来ました。
最後に、常設展も、じっくりと観賞してきました。
こちらも見応え十分です。
特に印象に残ったのが、 《駝丁俑》(画像:右) という作品。
どう見ても、 「悲しいとき~!」 と言っているようにしか見えません (笑)
悲しいとき~!美術ブログのランキングの順位が下がったとき~!
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【告知】 現在募集中のアートツアー 【告知】
現在募集中のアートツアーです。
アートに興味のない方でも楽しんで頂ける企画となっておりますので、どうぞお気軽にご参加くださいませ
定員になり次第、募集は〆切らせて頂きますので、よろしくお願いします。
・12/16(日) 大東京お笑い建築ツアー【soさんの立川・国立編】
(ただいま、キャンセル待ちでの受付となります)
「“建築”って何をどう観たらいいの?? 」
という全ての人にお送りする大東京お笑い建築ツアー。
建築初心者の自分を筆頭に、講師の建築家の方の話を伺いながら、
皆で、東京の色々な街を訪れ、 『名建築』 の数々をぶらぶらと楽しく観賞しようという企画です。
日本橋に始まり、六本木、上野、表参道、代官山…etcと、
これまで、さまざまなエリアを巡ってきた大東京お笑い建築ツアーですが。
今回の舞台は、シリーズ初の23区外となる・・・
『立川・国立』
23区内とは、ガラッと雰囲気の変わる “立川・国立エリア”。
そんな“立川・国立エリア”で待ち受けるのは、
講師の建築家さん曰く、東京23区内の名建築とは、性格の異なる名建築なのだとか。
果たして、一体、どんな建築なのか?
建築家のsoさんと巡る今年ラストの大東京お笑い建築ツアーに、乞うご期待です!
時間は、11時から、およそ16時までを予定しています。
(途中にランチ休憩を挟みます)
定員は、16名です。
講師代として、お一人様1300円頂戴いたします。
(交通費・途中休憩時のランチ代は各自別途負担となります)
というわけで。
日本一楽しく、日本一わかりやすい『建築』のアートツアー!!
建築に興味がある方はもちろん、
建築は全然わかならないという方も、是非是非ご参加お待ちしています。
・12/22(土) プレミアムTOKYOアートツアー~Art列車で行こう~
“東京ほど、面白いアートの街はない!”
をコンセプトに、毎回いろんな切り口で、
東京ならではの特別なアートツアーを提案する企画。
それが、 『プレミアムTOKYOアートツアー』 です。
東京という街を一つの美術館に見立て、 ギャラリーツアーのように、
楽しくわかりやすくガイドを交えながら、とっておきの都内のアートスポットを数か所ご案内させて頂きます!
さてさて、今年ラストとなるプレミアムTOKYOアートツアーのテーマは、
『アートライン』
です。
アートラインとは、各駅にパブリックアートを設置した路線のこと。
実は、そんなアートラインが、都内に3線も走っているのです
今回のアートツアーでは、そんな都内のすべてのアートラインをご紹介させて頂きます。
個性的なアーティストたちの手によって、
生まれ変わったアートな駅の姿を、どうぞお楽しみくださいませ♪
ちなみに、ご紹介するアート作品は、
もちろん駅から徒歩0分で観れるものばかり。
寒い冬に嬉しいアートツアーです(笑)
行程は、ミステリーツアーとなっています。
大田区内の駅から始まり、北上しながら、千代田区内の駅で終わる予定です。
開始は11時、終了は17時半を予定しています。
募集定員は、14名です。
今回の参加費は、ガイド代としてお一人1000円となります。
(美術作品はすべて無料で観れますので、観賞代はタダですw交通費、昼食代は各自負担)
というわけで、きっと東京が、より好きになるアートツアー。
これまでに、『プレミアムTOKYOアートツアー』にご参加された方も、
今回が初めての参加となる方も、皆様のご参加を心よりお待ちしております!
新たなツアー企画は、内容が決まり次第、随時こちらの記事を更新してお伝えいたします。
参加希望の方は、こちらのメールフォームよりお知らせください。
詳細をお知らせいたします。
http://homepage3.nifty.com/art-teller/tony_contact.htm
皇居をぐるりと歩いたならば ~皇居一周建築ツアー②~
大東京お笑い建築ツアーの行程を、
誰にでも楽しんで頂けるように、 『もしもの日曜日の建築ツアー』 として提案する企画。
「もしも建築ツアーズ
~the architecture tour makes your Sunday Happy~」
今回は、過去2回渡ってお届けしてきた皇居一周建築ツアーの第3弾!
(1回目、2回目の様子は、こちらから)
13時から17時までと、時間を区切って、ぶらぶら建築探訪しながら、
1周約5キロの皇居周りを行けるところまで行ってみるという建築ツアーです。
3回目にして、東京駅にゴール出来るのでしょうか。それとも、出来ないのでしょうか。
それでは、国立劇場からスタートです!
13:00 国立劇場よりスタート
01 最高裁判所/岡田新一
東京都千代田区隼町4-2
ここに注目!
○花崗岩の直線的な外壁を持つ建物が重厚感を表現している
○大型コンペとして、当時の建築界の話題を集めた
[とに~の呟き]
「さすがに、最高裁判所なので、気軽に建築観賞を出来る空気ではありませんでした。
とりあえず、建築観賞以外で、ここに来ることのないように、と決意を固めました」
02 国立国会図書館/前川國男
東京都千代田区永田町1-10-1
ここに注目!
○“モダニズム建築の旗手”前川國男の代表作
○本館 (1961年) も新館 (1986年) も、ともに前川國男が担当している
○新館は、1200万冊という膨大な図書を所蔵できるように、地下8階部分は巨大な書庫となっている
[とに~の呟き]
「図書館は好きで、地元のには、週5くらいで通っていますが。
こちらの図書館には、地元の図書館のような気軽さはありませんでした。たぶん通わない」
03 憲政記念館/海老原一郎
東京都千代田区永田町1-1-1
ここに注目!
○モダニズム建築家・海老原一郎の初期の代表作
○折板構造の屋根が印象的
[とに~の呟き]
「モダニズム建築ではあるのですが、どことなくオシャレな印象。
さすが、建築界のエビちゃん!」
04 国会議事堂/大蔵省臨時議院建築局
東京都千代田区永田町1-7-1
ここに注目!
○完璧な左右対称の外観
○コンペで1等に選ばれた案があるも、設計を行った大蔵省臨時議院建築局によりデザインは大幅に変更された
○建築資材は、ほぼ国産のものが使用されている
[とに~の呟き]
「この見慣れたデザインに辿り着くまで、かなりの紆余曲折があったのだとか。
今の混迷する国会を象徴しているようではないか (←うん。深いこと言った)」
05 日本財団ビル (旧・NCRビルディング)/吉村順三
東京都港区赤坂1-2-2
ここに注目!
○ダブルスキン構造が用いられた初期の建築
(「ダブルスキン構造とは?」 という方は、こちらをクリック)
○外側のガラスは青味かけられ、かつ少し傾けてあるなどディテールにこだわっている
[とに~の呟き]
「あまり主張していないのですが、品のいいビル。
・・・なのに、現在は日本財団のビルゆえに、
でかでかと 『日本財団』 の文字が掲げられています。なんだかなぁ。」
06 虎ノ門琴平タワー/日建設計
東京都港区虎ノ門1-2-8
ここに注目!
○金刀比羅宮と一体になった高層オフィスビル
○金刀比羅宮と一体になったことで、従来の法律よりも高い容積率の建築を実現
○足元を支えているのは、巨大な丸い4本の金属柱
[とに~の呟き]
「現代的な高層ビルと歴史ある由緒正しき金刀比羅宮が混然と一体になった不思議スポット。
彦摩呂さんが、ここを通ったなら、 『国際結婚や~』 と言うはず。たぶん」
15:15 カフェにて小休憩
07 法務省赤れんが棟/ヘルマン・エンデ&ヴィルヘルム・ベックマン
東京都千代田区霞が関1-1-1
ここに注目!
○旧司法省庁舎として1895年に竣工したドイツ・ネオバロック様式の歴史主義建築
○パリやベルリンに並ぶ華麗なバロック都市を霞が関に建設せんとした井上馨の計画により建設される
[とに~の呟き]
「井上馨さえ失脚しなければ、霞が関一帯が、
このような建築で埋め尽くされる建築タウンになったそうです。
かえすがえすも残念。デモでもしようかしら。」
08 日比谷公会堂/佐藤功一
東京都千代田区日比谷公園1-3
ここに注目!
○ゴシック風の垂直性を強調した建築
○中央の塔と塔の最上部にある時計が印象的
[とに~の呟き]
「言わずと知れた日比谷公園のシンボル的建築。
なんとも威圧感があり、ウェルカムな雰囲気は皆無です」
09 日比谷花壇 日比谷公園店/乾久美子
東京都千代田区日比谷公園1-3
ここに注目!
○地上7.5メートルという高さで統一された5棟からなる店舗
○高い天井と各方角にガラス面を大きく使用することで、室内を光で満たしている
○2010年度グッドデザイン賞受賞作
[とに~の呟き]
「シンプルなのに、得も言われぬ存在感を放っています。
白+花壇=胡蝶蘭のイメージ?」
10 日生劇場/村野藤吾
東京都千代田区有楽町1
ここに注目!
○村野藤吾の代表作のひとつ
○御影石の外壁と規則的な窓の配置がクラシカルな外観を呈している
○劇場ホールの天井には色付きの石膏に2万枚のアコヤ貝が貼られている
[とに~の呟き]
「建物のどこを見てもドラマがある名建築。
もはや、この建物そのものが劇場と言っても過言ではありません」
17:00 タイムアップ
ということで、有楽町にて今回の建築ツアーは強制終了!
東京駅まで、あと1駅だったのに!!
来年の春、いよいよゴールを目指します。
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人間国宝 大坂弘道展 正倉院から甦った珠玉の木工芸
“生誕100年 船田玉樹展” に、“棚田康司「たちのぼる。」展” に。
誰だかよくわからない芸術家 (←失礼!) を取り上げながらも、
確実に、満足度・充足度の高い美術展を開催し続けている練馬区立美術館。
その打率 (?) の高さは、都内の美術館でも、1、2を争うのではないでしょうか。
誠に勝手ながら、密かに、 “美術館界のイチロー” と呼ばせてもらっています (笑)
そんな美術館界のイチロー・練馬区立美術館で、現在、開催されているのが、
“人間国宝 大坂弘道展 正倉院から甦った珠玉の木工芸” という美術展です。
・・・・・・・・(´ー`;)フッ
人間国宝の美術展ですか。そうですか。
何だかデパートの上の方の階でやっていそうな安易な美術展な気がしますね。
伝統工芸品が並んでいて、観賞しているマダムたちが口々に、
「わ~、ステキだわ~。ウチにも欲しいわ~」 って言っちゃうような?
まぁ、イチローにも調子が悪い時がありますからね。
さすがの練馬区立美術館も、たまには、こういう無難な美術展を開催しちゃいますよね。
そんなようなことを思いながら、この美術展を観始めました。
人間国宝の大坂弘道さんは、木工芸作家。
展示されているのは、もちろん木工芸の作品です。
こちらは、大阪さんの初期の作品である 《神代杉木画箱》 。
とても美しいですし、使われている技術が巧みなのもわかりますが、
まぁ、フツーの人間国宝の作品という感じです (←それでも、十分スゴいことなのですよ!)
そんな初期の作品の展示が、しばらく続いた後のこと。
それは、いきなりやってきました。
最初の衝撃が、僕に襲い掛かったのです!
こちらは、宮内庁から正倉院宝物の模造を委嘱された大阪さんが、
試行錯誤を重ねた末、ついに失われた技法の再現に成功した 《紫檀木画箱》 という作品。
(注:展示されているのは、模造したものです)
ちなみに、大阪さんは、この調査・研究に専念するため、
それまで勤めていた教員の職を辞してしまったのだそうです。
美と技術だけでなく、情熱や執念まで籠められた、まさに入魂の一作と言えましょう。
ではでは、具体的に、 “失われた技法” とは、一体どんなものだったのでしょうか?
それは、 《紫檀木画箱》 に施されている繊細で美しい錫の象嵌細工。
(画像では、まったく伝わらなくて、すいません)
象嵌と言えば、金や銀がポピュラーですが、
大阪さんは、長年の調査・研究の末に、正倉院宝物に錫の象嵌が使われていたことを突き止めます!
そして、正倉院宝物以来 (?) 途絶えていた錫の象嵌技法を、
独学で見事復活させ、自分のものにしてしまったのです。
かくして、錫象嵌という唯一無二の技法を会得したことで、
確実に、ワンステップもツーステップも進化を遂げた大阪さん。
もうフツーの人間国宝の作品とは、呼ばせません (←誰に?僕に??)
《紫檀木画箱》 ひとつで衝撃を受けたのですが。
これは、まだ大阪さんの作品の序章にしか過ぎませんでした。
実は、この後も、大阪さんの作品は進化を遂げ続け・・・
《黒柿蘇芳染拭漆螺鈿錫嵌荘香箱「郷華」》 や、
《黄楊木宝相華透香盒 「打吹」》 など、
これまでに誰も目にしたことがないような不思議なデザインやフォルムの木工芸品を生み出していくのです。
その作品は、天平時代風でもあり、現代風のようでもあり、未来的でもあるようで、
また、オリエント風でもありながらも、和風でもあり、ヨーロッパの最新デザインでもあるような・・・
あえて、一言で言うならば、 『大坂弘道風』 としか言い表せない作風です。
美術工芸品を観賞しているというよりも、オーパーツを観ているのに近い感じです。
そんな大阪さんの極めつけの作品が、 《黒柿蘇芳染宝相華文嵌荘花形盒子》
美しいフォルムを追及したあまり、
もはや器としての機能性が、全く失われてしまったという、ある意味で、究極の器です。
器のくせに (←?) 、物を乗せられることを、
完全に拒否するような、孤高のオーラを放っていました。
こんな器、観たことないです!
ちなみに。
大坂弘道さんは、現在でも、まだまだ進化を遂げ続けているそうで。
1年間に、約2作のペースで新作を生み出しているそうです (←超寡作!)
・・・・・が、それらの作品は、誰かに売るわけでもなく、どこかに発表するわけでもなし。2003年以来、一度も新作を公開することがなかったのだとか。
今回の美術展では、そんな大阪さんの2003年以降の近作が、
上で紹介した 《黒柿蘇芳染宝相華文嵌荘花形盒子》 など3点を含めて、 約20点も紹介されています!
もちろん、すべて初公開!!
まさに、
「大坂弘道さんの作品が観れるのはやっぱり練馬区立美術館だけ!!」
なのです。
しかも、なんと入場は無料!!
これは、行かねば超後悔します。
個人的には、3つ星なのですが。
あまりにスゴすぎて、スゴさについていけない人も続出しそうなので、2つ星 (笑)
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古事記1300年 大須観音展
名古屋の主要なミュージアムは制覇したつもりでいましたが。
よく考えたら、名古屋市博物館だけは、まだ訪れていませんでした。
そこで (…というわけではないのですが) 、今回は、名古屋市博物館へ。
市立の博物館ということで、もう一回りも二回りも小さな建物を予想していましたが。
さすがは、大都市・名古屋。
市立博物館も、とっても立派でした。
(入り口前には、庭が広がっています)
さてさて、そんな名古屋市博物館では、
来年1月14日まで、 “古事記1300年 大須観音展” が開催中です。
こちらは、日本三大観音の1つで、
多くの名古屋市民に親しまれているという大須観音にまつわる展覧会。
1612年に名古屋に大須観音が移転して以来、
その門前町・大須は発展を続け、名古屋市随一の歓楽街として栄えているのだとか。
ちなみに、現在は、大須は、東海地方のオタク街としても発展しているそうで (笑)
大須から誕生したアイドルユニット、その名も 『OS☆U』 が存在しているほど。
・・・・・いろんな意味で、大須は名古屋市民に愛されていますねf^^;
さてさて、そんな大須観音の境内には、 “古典籍の宝庫” と称される大須文庫があります。
所蔵数は、国宝4件、重要文化財37件を含む平安から室町までの仏書・典籍類が、約1万点以上!
その中には、日本最古、世界唯一という書物が多く含まれているという貴重な文庫なのです。
今回の展覧会では、現存最古の古事記写本として名高い国宝の 《古事記》 を筆頭に、
トーハクに寄贈して以来、実に74年ぶりの里帰りとなる 《漢書食貨志》 など、
大須文庫の超貴重な文化財が、一挙に大公開されています!
さらに、 《名古屋名所団扇絵》 や、
明治時代の大須観音の写真、
大須観音の節分会で使われている衣装や大須観音の門前街商店街の絵ハガキなどなど、
大須観音に関する、ありとあらゆるものが展示されており、
“大・大須観音展” といった様相の展覧会でした。
大須観音に日ごろから親しんでいる名古屋市民の皆様には、感慨深いであろう展覧会。
僕のように、大須観音に親しみのない非・名古屋市民には、感慨深くも何ともない展覧会 (笑)
大須観音関連資料はともかくも、大須文庫が保管する貴重な文化財が展示されているわけで。
「それなりに楽しめるかなぁ」 とは思っていたのですが。
その大須文庫コレクションが、ほぼ仏書・典籍類。
大須文庫のコレクションを開設した子供向けのパンフレットを、そのまま紹介するなど、
「なんとか仏書・典籍類に興味を持ってもらおう!」 という博物館の努力は見受けられたのですが。
その努力を上回るほどの、ちんぷんかんぷんさ (笑)
“何が書かれてるのか、よくわかんね┐(´ー`)┌ ”
の連発でした。
唯一わかったのは (?) 、 《口遊》
こちらは、平安時代の児童向けの学習教養書とのこと。
九九が書かれていることは、ちゃんとわかりました (笑)
平安時代にも、 『チャレンジ1ねんせい』 みたいな本があったのですね。
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我ら明清親衛隊
今年で、何と通算28回目!
テレビ番組で例えると、今年で28年目を迎える 『さんまのまんま』 と同じくらいに息の長い長寿美術展です。
さてさて、今年の 『江戸文化シリーズ』 は、
“我ら明清親衛隊 ~大江戸に潜む中国ファン達の群像~” と題して、
明や清といった中国美術の影響を大きく受けた江戸の絵師たちをフィーチャーした美術展となっています。
谷文晁や司馬江漢、渡辺崋山といった、まぁ名前の知られた絵師の作品もあるにはありますが。
基本的には (?) 、黒川亀玉の 《白梅黄鳥図》 や、
(注:展示は、前期[12/16]まで)
渡辺玄対の 《柳に翡翠図》 、
(注:展示は、前期[12/16]まで)
・・・といった具合に、
マイナーな (良く言えば、 “マニアックな” ) 絵師の作品が多数登場します。
17世紀のバロック画家ヴァン・ダイクをもじって、『樊泥亀(はんでいき)』 とも号した北山寒厳。
下野宇都宮藩の第2代藩主でありながら、絵の腕前は確かだった戸田忠翰。
初めて、その名前と作品を目にする絵師のオンパレード。
美術界には、まだまだ知られざる絵師が、
たくさんいたのだなァと、美術の世界の奥深さを実感できる美術展でした。
それとともに、こんなにも中国に影響を受けた (パクった?) 日本の絵師たちがいて、
今の中国のことを、とやかく言えないなァと、日本と中国の深い関係も実感できる美術展でした (笑)
ではでは、展示されていた作品の中で印象的だったものを、いくつかご紹介いたしましょう。
まずは、椿椿山の 《君子長命図》
猫の目線の先にいるのは、バッタ。
今まさに狙わんとする緊迫の一瞬です。
そんな猫の目つきは、完全にゴルゴ13でした (笑)
続いて、宋紫石の 《清影搖風図屏風》
笹を描きたかったというよりは、目に見えない風を描きたかったのでしょう。
風が強く吹いている様を感じました。
どこか、映画 『ラン・ローラ・ラン』 のイメージと通ずる気がします。
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それから、岡本秋暉の 《百花一瓶図》
(注:展示は、前期[12/16]まで)
こちらの絵に関しては、中国の影響というよりも、
オランダ・フランドルの画家 “花のブリューゲル” の影響を受けているような。
ともあれ、とっても華やかで鮮やかな絵です。
ちなみに。
今回の美術展でも、ところどころで、
板橋区立美術館らしさ (=キャプションで笑いを取りに行く) が見て取れました。
例えば、諸葛監の 《白梅ニ鳥図》 のキャプションで、
幹に描かれたたくさんの苔が点で表されているので、背中が痒くなりそうと言ってみたり。
金子金陵の 《牡丹双禽図》 のキャプションで、
「牡丹のパステルカラーが、乙女チック。」 と言ってみたり。
挙句には、寛政の改革でお馴染みの松平定信による 《柳に白鷺図》 のキャプションでは、
「素人芸らしく、画面中程のぼかしは、中途半端」
と、井筒監督並みに、バッサリと切り捨ててしまっているほど。
そんな風に言ってしまったことで、
貸出先の桑名市博物館と、今後気まずい関係にならないか、僕は心配です(笑)
板橋区立美術館が、そう批評した松平定信の絵を観たい方は、
展示は前期[12/16]までとなりますので、ご注意くださいませ。
(画像は、ありませんので、ぜひ会場で!)
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新・無料で観れる 美術百選 《東京駅 その2(東京都千代田区)》
東京駅の無料で観れる美術作品と言えば。
JRの総武・横須賀線のホームに向かう時に目に飛び込んでくる福沢一郎の 《天地創造》 があります。
(福沢一郎って、誰?という方は、こちらをクリック)
しかし、
「まぁ、いつでも紹介できるから、ネタ切れになった時に紹介しよう♪」
なんて不敬なことを思っていたら・・・
東京駅のリニューアルとともに、すっかり別物に代わっていました (汗) !!
もはやアートの欠片もなし。
いつまでもあると思うな親と金と 《天地創造》 です。
以来、失われた 《天地創造》 を求めて、
時間のある時には、東京駅の構内を隅々まで探索してみました。
「《天地創造》 、どこですか~?」
それから数か月、一向に、 《天地創造》 は見つからず、
「もう東京駅には、アイツ (=《天地創造》) は、いないんだ。
どこか遠くに旅立ってしまったんだ。。。
今頃、アイツ (=《天地創造》) の存在の大きさに気づくなんて・・・俺、バカだな・・・」
と、失意の日々を過ごしていました。
(注:多少、美化しています)
そんなある日のこと。
僕は、所用で、東京駅の京葉線のホームに向かっていました。
「全く、東京駅の京葉線のホームは、どんだけ遠いんだ!?
東京駅っていうか、ほぼ有楽町駅じゃねーか! (空き缶を蹴る)
おいっ、そこのヤツ、何、見てんだ、バカヤロー!!」
(注:失意のあまり、荒れているという設定。京葉線のホームが遠いからと、空き缶を蹴ることも、人に絡むこともありません)
・・・と、次の瞬間です。
そんな荒れた僕の心に、優しくまばゆい光がスッと差し込んできたのです。
思わず、ふと見上げると、そこには・・・
「も、もしや、 《天地創造》 ??」
そう、そこにいたのは、まぎれもなく、 《天地創造》 。
在りし日の姿そのままの 《天地創造》 でした。
いや、もしかしたら、前の設置場所よりも、明るくなったような気がします。
新・無料で観れる 美術百選 005 福沢一郎 《天地創造》
もう、どこにも行かないでください。
<無料で観れる美術 データ>
東京駅
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
この美術室を盛り上げるワンクリックも、無料で出来てしまいます。
中西夏之 韻 洗濯バサミは攪拌行動を主張する 擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑
DIC川村記念美術館で開催中の
“中西夏之 韻 洗濯バサミは攪拌行動を主張する 擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑” に行ってきました。
タイトルが長いこと、この上なしの美術展です (笑)
こちらは、1950年末にデビューして以来、
日本現代美術界のトップを走り続けるアーティスト・中西夏之さん (1935~) を取り上げた美術展なのですが。
ただ単に代表作を並べただけのフツーの回顧展ではありません。
中西さんの初期の代表作 《韻》 シリーズと、
1959年 ペイント・エナメル・砂、合板 114.0×92.0cm 東京都現代美術館
中西夏之の代名詞ともいえる 《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》 と、
1963/93年 カンヴァス、紐、洗濯バサミ 〔5点組〕
個人蔵 撮影:山本糾 / Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE
最新作である 《擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑》 の連作。
その3つの異なる時期のシリーズに絞って紹介するという、ちょっとした試みの美術展なのです。
さてさて、中西夏之さんと言えば、かつては、高松次郎、赤瀬川源平さんとともに、
ハイレッド・センターなる前衛芸術グループを結成していた人物として知られています。
(高松の 「高」 ・赤瀬川の 「赤」 ・中西の 「中」 で、 「ハイ・レッド・センター」)
そのハイレッド・センター時代には、
池坊会館の屋上から衣類やカバンなど様々なものを投げ落としたり、
銀座の街頭のマンホールや道路を、白衣にマスク姿で、雑巾や薬品で徹底的に磨き上げたり、
・・・と、アメリカのテレビ番組 『ジャッカス』 のようなことをされていました。
(もはやアーティストというよりは、芸人ですw)
また、ピン活動としては (←?) 、
無数の洗濯バサミを顔に付けて街を歩くというパフォーマンスをされていました。
(これは、もう完全に芸人ですw)
そのような (なぜ、そのような行動を取るのか) 理解には苦しむけども、
やっている行為自体は、単純な初期のパフォーマンスアートとは違って。
その後の中西さんの絵画作品は、哲学的過ぎて、かなり難解。
例えば、新作の 《擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑》 については、こう述べられています↓
『相異なる方向へ向かう人が接近しすれ違う、その瞬間に薄膜の平面が認識できないだろうかという考えから絵画の垂直面が問い直されており、紫と白の色斑が絵画自体の生成や時間の集積を我々に知覚させます。これらの作品は、制作時期は異なりますが、「光」「時間」「反復」「拡散」といった絵画への問いにおける重要な要素を示しています。』 (展覧会HPより)
う~ん。難しい。。。(>_<)
それだけに、今回の美術展は、
“僕には難解で楽しめないかも…” と、多少危惧していました。
ところが!
《擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑》 の連作が、
中西さんが実際にアトリエで使用しているイーゼルに乗せるという斬新な方法で展示されており、
哲学的なうんぬんは抜きにして、純粋に驚きのある美術展になっていました。
イーゼルとイーゼルの間をすり抜けながら、絵を観賞すると、
キャンバスに描かれた斑点が、ひょわひょわと動いているように感じるのは新鮮な体験でした。
この会場に行かないと味わえない、まさに新感覚の美術展。
また、 《擦れ違い/遠のく紫 近づく白斑》 と、
《韻》 と 《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》 のシリーズが3層のレイヤーのように重ねられたことで。
中西夏之展というよりも、3人の中西夏之展のような印象でした。
それもまた新感覚。
ちなみに、美術展に展示されているのは、3つのシリーズだけ・・・と思わせておいて (←?)
《垂曲線》 という独立した作品も展示されていました。
「・・・ん、どこに??」
正解は、こちらです。
天井から垂れ下がるロープ。
これも、アート。
かつての芸人時代 (←?) の中西さんを彷彿とさせる人を食ったような作品で、僕は好きです (笑)
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名君と博物学
羽田空港内のディスカバリーミュージアムで開催中の “名君と博物学” に行ってきました。
この展覧会のタイトルが指す 『名君』 とは、細川家8代・細川重賢のこと。
彼が28歳で肥後藩の藩主となった時、
肥後熊本藩は、前代未聞の財政危機に陥っていたそうな。
しかし、のちに “宝暦の改革” と呼ばれる財政改革を行い、見事に藩政を立て直すことに成功。
その類まれなる功績から、 「肥後の鳳凰」 と賞されているのだとか。
まさに、地方政治の神様のような人物です。
・・・と、今回の展覧会では、
そんな細川重賢の政治家としての側面ではなく、博物学好きな側面がフィーチャーされています。
例えば、細川重賢が編纂したとされる 《毛介綺煥》 に、
《珍禽奇獣図》 に。
生物にしか興味がないと思いきや、植物にも興味があるようで。
《百卉侔状》 という植物図鑑も編纂しています。
ちなみに、こちらの 《百卉侔状》 の開かれていたページに描かれていたのは・・・
様々な唐辛子。
江戸で採れた50種類以上の唐辛子が紹介されているそうで、
いかに、江戸時代に、野菜の品種改良が盛んだったかを示す資料として貴重なのだとか。
さらに、展覧会場では、永青文庫のコレクションの中から、
細川重賢の編纂以外の博物学の書籍も併せて展示されています。
その中でも、特にインパクト大だったのが、 《鯨誌》
目だけ、人間じゃないですか!!何か怖ぇーよ!!
グリーンピースの皆さんに、この 《鯨誌》 を見せたら、
大人しく引き下がってくれるのではなかろうか。
また、博物学繋がりで (?) 細川家伝来の 《鶉籠》 や、
リアルな動物の写生画として、森徹山の 《孔雀図》 も展示されていました。
(注:展示は、12/16まで)
《出世鯉香炉》 に関しては、
展示されていた理由が、イマイチわかりません (笑)
ともあれ、毎度毎度、無料で観れて、
なおかつ写真まで撮影可能なのは、嬉しい限り。
ディスカバリーミュージアムの存在を、ディスカバリー (発見) して正解です。
最後に、余談ですが。
美術館の一部から・・・
エヴァンゲリオン (しかも、ANAバージョンの変なの) の姿が、何度も目に飛び込んできました!!
全然、 “名君と博物学” に集中できません (笑)
あんなところに、置いちゃダメだ。置いちゃダメだ。置いちゃダメだ。
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第四十六話 国宝ハンター、おおつ光ルくんと出会う!
~前回までのあらすじ~
町や村の住民から、クエストと言われる要請を受け、
野原や海、山、密林などで飛竜などの巨大なモンスターをハンティングするモンスターハンターとは違って。
誰の要請も受けていないのに、日本全国で、
鎌倉の大仏などの巨大な国宝も含め、さまざまな国宝をハンティングするのが、国宝ハンター。
誰も協力してくれる仲間がいませんが、今日も、彼はこう呟くのです。
「ひと狩りいこうぜ!」 と。
12月某日。
AM6:00
国宝ハンターを乗せた深夜バスは、京都駅に降り立ちました。
京都は、言わずと知れた (?) 国宝No.1都道府県。
まだ見ぬ国宝が、たくさん眠る都道府県なのですが、今回の目的地は、ここに非ず。
JR琵琶湖線に乗って、京都駅から石山駅へと向かいました。
AM7:00
石山駅着。
さらに電車に乗り継いで行く方法もありますが、
拝観開始時間の8時まで時間があるので、ここから歩いて目的地へと向かいます。
AM7:40
今回の目的地である石山寺に到着しましたが、まだ開門されていません。
とりあえず、門の前で待つことに。
ラーメン屋の開店を待った経験はありますが、
お寺の開門を待つのは、今回が初めての体験です (笑)
AM8:00
石山寺開門。
紫式部が、石山寺に7日間参籠したことで、あの 『源氏物語』 の着想を得たというのは有名な話。
さぞかし立派なお寺なのだろうと思うと、いざ足を1歩踏み入れるのに、緊張感が走ります。
さぁ、石山寺へ。
・・・・・・・・・・って、誰なんだ、お前は?!
門をくぐると、そこにいたのは、見栄晴そっくりの謎のゆるキャラ。
何でも、 “おおつ光ルくん” という21世紀版の光源氏らしいです。
いやいやいや、石山寺の雰囲気にそぐわないでしょ!
しかも、平面だけでなく、立体のおおつ光ルくんまで!
まさか、自分が書いた 『源氏物語』 の主人公が、
こんな風なゆるキャラに成り下がっているだなんて、紫式部もビックリでしょう (笑)
おおつ光ルくんとは、ここでお別れし (←?) 、本堂へと向かいました。
こちらの 《石山寺本堂》 は、国宝指定されている建造物で、滋賀県で最も古い建造物なのだとか。
ちなみに、全体像を見てますと・・・
写真の奥から、礼堂、相の間、正堂という三つの空間が複雑に組み合わさった建築であることがわかります。
で、この礼堂と正堂との間にある相の間にて、
紫式部が 『源氏物語』 の筆を執ったそうで、今では、 “紫式部源氏の間” と呼ばれているのだそうです。
せっかくなので、 “紫式部源氏の間” を拝観してみましょう。
もしかしたら、紫式部の名残が、何かしら残っているかもしれませんからね・・・
って、紫式部がいるよ!
しかも、変なロボットまでいるよ!!
こちらのロボットは、ロボットMURASAKIというのだそうです。
紫式部もビックリでしょうPart2 (笑)
さらに言えば、実は、この 《石山寺本堂》 が、国宝ハンター通算300件目となる国宝。
そんなメモリアルな国宝なのに、おおつ光ルくんとかロボットMURASAKIとか、
ツッコミどころが満載で、国宝ハンターもビックリです (笑)
さてさて、石山寺には、実は、もう一つの国宝建造物が。
それが、こちらの 《石山寺多宝塔》 です。
現存する最古の多宝塔であり、もっとも美しいと評される多宝塔。
確かに、その佇まいは、美しいの一言。
いつまで眺めていても、飽きることがありません。
ちなみに、この多宝塔の中には、
快慶作の大日如来坐像 (重要文化財) が安置されています。
格子戸は金網でふさがれているのですが、
一か所だけ、金網が外されていました。
「ここから見ていいよ。」 という石山寺の優しさ (?) に、感心です。
多宝塔そのものを眺めていても、素敵でしたが。
石山寺の名前の由来となっている奇岩 (硅灰石) 越しに眺める多宝塔は、輪をかけて素敵でした。
絶景かな絶景かな。
もっと、ゆっくり石山寺に滞在したかったのですが。
(スゴい物語の着想を得たかもしれませんのに!)
本日は、まだまだ観なくてはならない国宝があるので、この辺で。
ただ今、時刻はAM8:40です。
今現在の国宝ハンティング数 301/1085
国宝ハンターは、ランキングにも挑戦中
MU[無]─ペドロ コスタ&ルイ シャフェス
今回、ご紹介するのは、原美術館で開催中の “MU[無]─ペドロ コスタ&ルイ シャフェス” です。
ペドロ コスタ&ルイ シャフェスは、
映画と彫刻という異なる表現領域で活躍する2人のポルトガル人アーティスト。
決して、 『五番街のマリーへ』 を歌ったグループではありません。
(それは、ペドロ&カプリシャス!)
ペドロ・コスタとルイ・シャフェスは、特に二人で活動するユニットというわけではないですが。
プライベートでも仲が良いこともあって、
今回の原美術館を舞台にしたコラボレーション展の開催に至ったのだそうです。
ちなみに、タイトルの 『MU[無]』 とは、
二人が敬愛する日本の映画監督・小津安二郎の墓碑に刻まれている一字 『無』 に由来するのだとか。
さてさて、映画と彫刻という異色のコラボ展は、
一体、どんな風に仕上がっていたのでしょうか?
美術展を観た上での僕の率直な反応は、
「MU~~~~~~・・・・・・」
とにもかくにも、感想に困る美術展でした。
美味くもなく不味くもなく、無味。
例えば、最初の展示室。
入り口を塞ぐかのような形で、
ルイ・シャフェスの 《私が震えるのを見よ》 という彫刻作品が設置されています。
こちらの選挙の投票所にしか見えない作品が、彫刻作品だというだけでも戸惑いを隠せませんが。
この彫刻作品とともに展示されているのが、
ペドロ・コスタによる映像インスタレーション作品 《火の娘たち》
こちらは、FUNKY MONKEY BABYSのCDのジャケット写真にしか見えない作品でした。
で、これらの2つの作品を同じ部屋で展示することで、どうなるか。
原美術館曰く、
『光と影、動と静―相反する要素が対決し、生み出される空間、時間』
とのこと。
そ、そうなのですね・・・MU~~・・・
また、別の部屋では、ルイ・シャフェスの 《私は寒い》 と、
ペドロ・コスタの 《ガザル ダ ボバ地区》 という映像作品が、
静かに対決中。
このように、わざわざ同じ部屋で置いたことで、何か共鳴しているのでしょうか。
僕には、何も共鳴しているようには感じられませんでした。
まさに、無。
強いて思ったことを挙げるなら、
ルイ・シャフェスの彫刻作品のせいで、ペドロ・コスタの映像作品が観づらいな、と。
まぁ、そういう意味では、対決なのかもしれません。
ちなみに、この2つの展示室以外は、ペドロ・コスタの作品と、
ルイ・シャフェスの作品は、
それぞれの部屋で独立した状態で展示されています。
個人的には、こちらの部屋の方が、まだ好きでした。
ただ、前から薄々感じていましたが、
原美術館の美術展は、 コアな美術ファンでなければ、楽しめないものが多い気がします。
その上、美術の見方がわからない人に対する配慮は、ほとんど無し。
“わかる人だけ、わかればいい” 感が強いのです。
今回の美術展も、作品に対する説明は、ほぼ無く、
ペドロとルイというマニアックな2人の美術作品を、フツーの方が楽しめるのかは、はなはだ疑問。
正直に言って、今回の美術展は、最初から最後まで、僕の心に響くものがありませんでした。
もう少し解説があれば、違ったのでしょうが。
ともあれ、あくまで個人的な感想としては、
「入館料として支払った1000円が “無” になってしまったなァ」 という感じ。
星も無。
あまりに難解な美術展で、常に、 『?マーク』 が浮かんでいました。
・・・あ、無から 『?マーク』 は、生まれたのか。
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会田誠展:天才でごめんなさい
森美術館の “会田誠展:天才でごめんなさい” に、行ってまいりました。
いま最も注目されている日本の現代アーティストの一人である会田誠さんの個展です。
もちろん、僕も会田誠さんのことは、以前より注目しており、
美術館で個展が開催される日を、今か今かと待ち望んでいたのですが。
その待望の初の美術館での個展のタイトルが、 “会田誠展:天才でごめんなさい” 。
自分で、 『天才』 と言っちゃう人ほど、
えてして天才でないことのが多いので、期待値はグンと下がっていました。
・・・・・・・・が。
“会田誠展:天才でごめんなさい” を、実際に観た上での率直な感想は、
「うん。面白い!」
でした。
こちらこそ、ごめんなさい。
切腹する女子高生の姿をキラキラに描いた絵があるかと思えば、
《切腹女子高生》 2002年アクリル絵具、ホログラムフィルム、透明フィルムに出力
119× 84.7 cm 渡井康之氏蔵 Courtesy:Mizuma Art Gallery
空爆されたマンハッタンの上空をゼロ戦が飛ぶという戦争画風の屏風絵もあり、
《紐育空爆之図(戦争画RETURNS)》 1996年
零戦CG制作:松橋睦生 高橋コレクション蔵 Courtesy:Mizuma Art Gallery
・・・かと思えば、滝にスクール水着女子がいっぱいのアキバ系男子受けしそうな絵もあり、
《滝の絵》 2007-10年 アクリル絵具、キャンバス
439×272cm 国立国際美術館蔵、大阪 Courtesy:Mizuma Art Gallery
・・・かと思えば、宇宙空間に漂うウ○コの姿を写実的に (?) 描いた絵もあり。
《スペース・ウンコ》 1998年 油絵具、アクリル下地、綿布、パネル
230×330cm 個人蔵 Courtesy:Mizuma Art Gallery
絵画作品以外にも、 「自分の風貌が似ているから。」 という単純な理由で製作された、
《日本に潜伏中のビン・ラディンと名乗る男からのビデオ》 という映像作品をはじめ、
立体作品、パフォーマンスアート、インスタレーションアート…と、何でもござれなのが会田誠のアート作品。
しかも、特筆すべきことに、そのどれもが、基本的には、くだらない!
ただし、 (おそらく) 本人は、真面目に “くだらなさ” を追及していると思われるので、
「ふん。くだらない作品だな( - -)」
という感じではなく、
「くだらねー (笑) !!!」
という感じ。
深夜番組のようなノリのくだらなさなのです。
そんな、いい意味で、くだらない作品群が、
あの森美術館の広い会場を埋め尽くしているのですから、これは、とっても驚異的な美術展です。
しかも、一つとして同じ “くだらなさ” はないのですから、
よくぞまぁ、こんなにも、手を変え品を変え、 “くだらなさ” を生み出せるものだと、脱帽モノです。
脱帽と言えば、会田誠さんだけでなく、森美術館にも脱帽しました。
というのも、今回の美術展では、《巨大フジ隊員vsキングギドラ》 を筆頭に、
1993年 アクリル絵具、アセテート・フィルム 310×410 cm
高橋コレクション蔵、東京 Courtesy: Mizuma Art Gallery
会田さんの18禁作品ばかりを集めた前代未聞の 『18禁部屋』 があるのです。
18歳未満の方、ごめんなさい。
展示してある作品は、正直、どれも好きにはなれませんでしたが (嫌悪感を抱くものもありました)
こうしたチャレンジングな姿勢は、大好きです。
この 『18禁部屋』 があるために、カップルで訪れると、ビミョ~な空気が流れることは必至 (笑)
親子で訪れると、気まずい空気が流れることも必至です (笑)
そんな美術展を、クリスマスや年始年末にぶつけてきた森美術館には、脱帽するより仕方ありません。
ともあれ、 『18禁部屋』 が存在するだけに、コソコソと一人で訪れることをオススメします。
こんなところも、深夜番組っぽいノリの美術展と言えましょう。
さてさて、ここまでの記事を読んで、
「くだらなそうだし、 『18禁部屋』 なんてあるなら行かなくてもいいや。。。」 と思っている、そこのアナタ。
会田誠さんの作品は、ただ単に、くだらないだけでもエロいだけでもありません。
実は、彼のアート作品には、きちんと日本美術の源流が流れているから侮れないのです。
例えば、初期の代表作である 《あぜ道》
1991年 岩顔料、アクリル絵具、和紙、パネル
73×52cm 豊田市美術館蔵、愛知 Courtesy: Mizuma Art Gallery
こちらの作品は、東山魁夷の傑作 《道》 へのオマージュ。
また、夥しい数のスーツ男子の死体 (?) が積み上げられている 《灰色の山》 には、
2009-11年 アクリル絵具、キャンバス
300× 700 cm タグチ・アートコレクション蔵 制作協力:渡辺 篤 Courtesy: Mizuma Art Gallery
不思議と怖さが感じられず、まるで山水画を見ているかのような落ち着きや風情すら感じられてしまうほど。
さらに、今回の美術展のための新作 《信柱、カラス、その他》 は、
見た瞬間に、長谷川等伯の 《松林図屏風》 を連想してしまいました。
会田誠さんの新たな代表作になりそうな名作なので、是非、会場でご覧くださいませ。
(画像は、ありません。あしからず)
もちろん、日本美術を知らなくても楽しめるとは思いますが、
日本美術を知っていたら、より楽しめるのが、会田誠さんのアート作品。
そんな知的好奇心をくすぐるあたりも、深夜番組っぽい気がします。
つまり、総じて、深夜番組っぽい美術展。
結論が乱暴でごめんなさい。
美術ブログのランキングにご協力をお願いします。毎回でごめんなさい。
もっと北の国から~北方アジア探検史
今日は、久しぶりに東洋文庫ミュージアムに行ったわけで。
そうしたら、以前より、ミュージアムであることが、わかりやすくなっていたわけで。
クリスマス仕様になっていたわけで。
そんな東洋文庫ミュージアムでは、現在、
“もっと北の国から~北方アジア探検史” という展覧会が開催されていたわけで。
だから、こんな語り口になってしまったわけで (もう、これくらいにしますw)
さてさて、こちらは、約100万冊にも及ぶ東洋文庫のコレクションの中から、
樺太やシベリアなど、ロシアを中心とした北方アジア関連の資料を紹介する展覧会。
北方アジアに関する和書と、
北方に関する洋書と。
2部で構成されています。
正直、こんなにも北方アジア関連の書籍があったことに驚かされました。
日本にとっても、ヨーロッパにとっても、
当時のロシアは、未知数の土地だったようですから、その情報収集が大切だったのでしょうね。
何となく、現代でいう北朝鮮のような感じだったのでしょう。
ちなみに、今回展示されているものは、
これまでに展示される機会が無かった貴重なものばかりだそうで。
こちらの 《蝦夷草木図》 なんて、特にビックリするくらいに、色が綺麗でした。
(およそ200年も前に描かれた絵とは、思えません!)
別の意味でビックリしたのが、こちらの本。
「まっ、まさか、虐待?!」
と、一瞬ヒヤッとしましたが、
これが、ニヴフという樺太の少数民族の育児スタイルなのだとか。
世の中は、広いですねぇ~。
それと、もう1点、印象的だった書籍が、 《蝦夷方言藻塩草・蝦夷語箋》
こちらは、アイヌ語のポケットサイズの辞書。
五十音順ではなく、似たようなグループの言葉でまとめてあるのが、特徴的。
まるで、 『旅の指さし会話帳』 のような感じです。
ただ、アイヌ語は、相当に難しい。。。
ちなみに、今回の美術展に合わせて、
ミュージアムグッズコーナーには、北方アジア (=ロシア) 関連のグッズが登場しています。
どれも可愛かったわけで。
美術ブログのランキングにご協力をお願いしたいわけで。
第四十七話 国宝ハンター、ハードスケジューる!
~前回までのあらすじ~
日本全国の国宝すべてを目に焼き付ける。
そんな無謀なチャレンジに、あえて挑み続ける国宝ハンター・とに~。
前回の石山寺で、ついに300件目を突破!
しかし、ゴールの1085件は、まだまだ遠い―
「なぜ、あなたは国宝全制覇を目指すのか」
そう問われた彼は、こう答えたという。
「そこに国宝があるから(Because it is there.)」 と。
石山寺から石山駅に、とんぼ返り。
そして、この駅から発車するバスに乗って、一路、MIHO MUSEUMを目指しました。
AM9:55
MIHO MUSEUMに到着。
こちらで開催されていたのは、 “土偶・コスモス” という展覧会。
現在、国宝に指定されている土偶4件が、すべて揃い踏みという国宝ハンターとしては見逃せない展覧会です。
そのうちの1件である山形県で出土した 《土偶》 (通称:縄文の女神) は、第二十二話で、ハンティング済ですが。
残りの3件は、未ハンティング状態。
実は、2009年にトーハクで開催された “国宝 土偶展” に足を運んでいるので、
確実に、3件とも1度は目にしているのです。
・・・が、ルール上、2011年8月1日以前に観たものはリセットしてしまったので、それらはノーカウント。
そのせいで、滋賀県にまで、足を運ばなくてはいけなくなったというわけです!
(↑ルールを決めた自分への怒り)
とは言え、何も考えずに見ていた3年前とは違って、
国宝ハンターとして国宝の土偶たちと対面すると、その感動もひとしお。
滋賀県まで、わざわざ足を運んだ甲斐があったというものです (←決して強がりではありません!)
青森県の 《土偶》 (ジャンル:考古資料) は、ボビー・オロゴンに似ていました。
北海道の 《土偶》 (ジャンル:考古資料) は、賀集利樹に似ていました。
そして、長野県の 《土偶》 (ジャンル:考古資料) は、au 「さわらないフォン」 のCMに出てる人に似ていました。
ちなみに、北海道の国宝は、この 《土偶》 1件のみ。
この 《土偶》 1件のためだけに、北海道に行くのも、考え物だったので、
滋賀県で、他の土偶たちとまとめて観られたのは、ラッキーだったと思います。
・・・思うことにします。
さぁ、ゆっくりしているヒマはありません。
土偶を観たら、石山駅に、再度戻ります。
11時発のバスに乗って、石山駅へ (MIHO MUSEUMの滞在時間・・・45分!)
AM11:55
そこから、東海道線と新幹線を乗り継いで、名古屋駅へ。
PM13:25
お昼ご飯を、急いで食べて、地下鉄で桜山駅へ。
PM14:25
名古屋市博物館に到着です。
こちらで開催されていたのは、 “古事記1300年 大須観音展” という展覧会。
大須観音が所蔵する4件の国宝を、すべて目にすることが出来る、
これまた国宝ハンターとしては見逃せない展覧会です。
しかも、通常ならば、大須観音の国宝を保管している大須文庫を閲覧するためには予約が必要。さらに、大須文庫の文化財を観るには、お金がかかるのだとか。
重要文化財ならば、1点につき2000円。
国宝ならば、1点につき3000円とのこと。
つまり、この展覧会を逃すと、
ちゃんと大須文庫に予約を入れて、なおかつ4件で12000円を支払って観なくてはいけないのです!
ちなみに、今回の展覧会は、1000円で観ることが出来ます。
(得した1万1000円は、何に使いましょう♪)
さてさて、この展覧会でゲットしたのは、
《翰林学士詩集》(ジャンル:書籍・典籍) に、 《琱玉集巻第十二、第十四》(ジャンル:書籍・典籍) に。
現存する最古の写本として国宝に指定された 《古事記〈賢瑜筆/〉》(ジャンル:書籍・典籍) に、
この展覧会のために、トーハクから74年ぶりの里帰りを果たした 《漢書食貨志第四》 (ジャンル:書籍・典籍) です。
ちなみに、 《漢書食貨志第四》 の 「食貨」 とは。
食と貨。
つまり、経済に関して記述された書物のことなのだとか。
実は、この 《漢書食貨志第四》 は、
研究によって、 『阿弥陀経義疏』 の裏側に書かれていたことが判明。
紙を無駄にしない経済的でエコな国宝です。
PM14:50
お~っと、もうこんな時間 (焦)
急いで、名古屋駅に戻って、15時30分発の高速バスに乗らないと、とても夜勤に間に合いません。。。
こうして、バタバタバタと、国宝ハンターの一日は過ぎていくのである。
(無事に、夜勤には間に合いましたw)
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馬込時代の川瀬巴水 馬込生活は一番面白い時代でもあった
会期終了まで、あと4日しかないのですが。
あまりに、めっけものの美術展だったため、ご紹介させて頂きます。
それは、大田区立郷土博物館で開催中の・・・
“馬込時代の川瀬巴水 馬込生活は一番面白い時代でもあった” という美術展。
こちらは、 『昭和の広重』 と評される風景版画家・川瀬巴水 (1883~1957) が、
その版画制作人生39年のうち、実に31年も過ごした大田区馬込時代の作品を、約100点も紹介する美術展です。
大田区馬込を描いた作品あり (《馬込の月》)
その近くの池上本門寺を描いた作品あり、
同じ、大田区内の森ヶ崎の夕景を描いた作品あり (《森ヶ崎の夕陽》)
公式HPでは、これら大田区内を取材した作品しか紹介されていなかったので、
「大田区内オンリーの作品ばかりの地味な美術展?? (←失礼!)」 と思いきや・・・
《鎌倉大佛》 に、
《京都清水寺》 に、
《The Miyajima Shrine in Snow》 に。
・・・と、日本各地で取材した作品にも出会えました。
気分は、サザエさんのOPのようです (←?)
この他にも、川瀬巴水の代表作 《清洲橋》 もあり、
江戸東京博物館での “日本橋 描かれたランドマークの400年” でも目立っていた 《日本橋》 もあり、
川瀬巴水の作品が、いかなる行程で刷られているか明らかにするコーナーもあり、
(こちらの 《野火止 平林寺》 は、10回も刷りが重ねられています!)
実に、大満足の美術展でした。
キャプションが難しかったり、展示にも特別な工夫が見られませんでしたが (笑)
作品が、かなり充実していますし、
そして、何より、無料 (←ここ重要!) ですので、それを補って余りあるほどでした。
ちなみに、来年2013年は、 “川瀬巴水生誕130年” の記念すべき年。
おそらく、日本各地で、川瀬巴水の美術展が開催されると思われます。
1年フライング気味の川瀬巴水展ですが、ぜひ!
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