■星落ちて、なお
作者:澤田 瞳子
出版社:文藝春秋
発売日:2021/5/12
ページ数:328ページ
不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。
残された娘のとよ (暁翠) に対し、
腹違いの兄・周三郎は事あるごとに難癖をつけてくる。
早くから養子に出されたことを逆恨みしているのかもしれない。
暁斎の死によって、これまで河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れた。
兄はもとより、弟の記六は根無し草のような生活にどっぷりつかり頼りなく。
妹のきくは病弱で長くは生きられそうもない。
河鍋一門の行末はとよの双肩にかかっっているのだった――。
(文藝春秋HPより)
「2015年に発表された 『若冲』 を読んで以来、
ずっと澤田さんの小説に注目し続けていましたが。
最新作であるこの 『星落ちて、なお』 で、
澤田さんがついに第165回直木賞を受賞されました!
個人的な接点は何もないですが、おめでとうございます!
推しが活躍する姿を観て嬉しくなる気持ちが、初めて分かった気がします (笑)
・・・・・と、それはさておき。
今作の主人公は、河鍋暁斎の娘、とよ (暁翠) です。
僕が河鍋暁翠の存在を初めて知ったのは、
2018年に東京富士美術館で開催された親子展でのこと。
その時の僕は、やはり天才を父に持つと、
娘もその血を引いて天才になるわけだなァ、
と、まぁ短絡的な感想を抱いていました。
しかし、この小説を読むと、その考え方が、
なんと浅はかで薄っぺらいものだったかを痛感させられます。
まったく、のんきな野郎だぜ!
と、あの日の自分を𠮟りつけたい気分です。
偉大過ぎる父を持ってしまったがための苦悩。
才能を持ちながらも屈折した感情を抱く異母兄との確執。
暁斎から受け継いだ狩野派のスタイルが、
明治、大正と時代が進むにつれ、段々と廃れていく。
そんな画家としての葛藤。
家族や社会に翻弄される暁翠の姿が、これでもかと描かれています。
読んだ内容を今改めて振り返ってみると、
ほっこりするようなエピソードやスカッとするエピソードがほぼ無かったような。
朝ドラ系というよりは、金曜ナイトドラマ系。
どっちかと言えば、鬱展開な物語でした。
であるにも関わらず、最後まで読み進めてしまうのは、
やはり圧倒的に人物描写や造形がしっかりしているからでしょう。
まるで暁翠の自伝を読んでいるかのようでした。
ちなみに。
暁翠は5歳の時に、父・暁斎に 《柿に鳩》 という絵手本を与えられます。
この絵手本は、現存しており、
昨年東京ステーションギャラリーで開催された展覧会にも出展されていました。
展覧会では、本図を巧く描けずに暁翠が泣いたと、
ほのぼのとしたエピソードが紹介されていましたが。
小説内では、暁翠が絵師として苦しい人生を送ることになる、
その元凶のような位置づけで、この絵手本が登場しています。
暁斎が娘に絵手本を与えたのは、親心ではなく、
北斎に憧れた暁斎が、北斎の娘・応為が絵師だったように、
自分の娘を絵師にしたいと、エゴイスティックな理由で与えたという設定です。
暁翠に感情移入する分、反比例して暁斎への気持ちが覚める。
そんな小説でした。
なお、暁翠を取り巻く人物たちも美化することなく、
むしろ人間の弱いところや醜いところまでを描き切っていました。
暁斎のイメージもダウンしましたが、
それ以上に、この小説のせいでイメージダウンするのが、橋本雅邦です。
気になる方は、ぜひ小説をお読みくださいませ。
個人的に一番印象的だった登場人物は、新橋の人気芸者だったぽん太。
豪商の跡取り息子で、暁斎の弟子でもあった鹿島清兵衛が身請けする形で結婚。
清兵衛が庇護する暁翠に対して、何かと突っかかってきます。
暁翠の本名は、とよ。
そして、ぽん太の本名は、ゑつ。
「トヨエツ」 コンビで仲良くすればいいのに。
(星4.0)」
~小説に登場する名画~
《柿に鳩 絵手本》