男とコオロギによる不毛な戦いは終止符を打った・・・・・はずだった。
あれから数年。
男は、三度コオロギを見つめていた。
話は遡ること数日前。
男は、大阪の国立民族学博物館を訪れた。
そして、そのミュージアムショップで、
とある商品を目にしてしまったのである。
『たまむすび』 の月1レギュラーにもなった。
『林先生の初耳学』 にも2度も出演した。
かつてのように、身体を張らなくてもいい。
なぜなら、文化人とはそういうものだから。
そうやって、スルーすることもできたはずだが、
失われつつあった男の芸人魂がそれを許さなかった。
気づいた時には、その商品を購入していた。
その名も、「世界のおもしろ博物館
珍食材シリーズ昆虫食① イタリア風コオロギのトマトカレー (¥950)」。
コオロギがカレーに入っている。
そのインパクトが勝ちすぎているが、
冷静に考えると、イタリアにカレーはあるのだろうか?
というか、世界のおもしろ博物館とは何なのか?
いろいろと情報量が多い商品名である。
それと、パッケージの中央に描かれているのは、
コオロギの入った食べ物には必ず書かれているお馴染みのフレーズ。
『昆虫食は食糧難を救います!』 だ。
数年前もそんなことを言っていた。
しかし、ありがたいことに、コオロギが食卓に並ぶ生活はやってきていない。
やってくる気配もない。
本当に来るかどうかもわからないその日に備えて、
果たして、コオロギ食に慣れる必要があるのかは不明だ。
しかし、賽は投げられた。
男はコオロギを食べるしかない。
なぜなら、そこにコオロギがあるからだ。
パッケージを開けると、表面以上に情報が記載されていた。
カレーを温める時間を利用し、男が一通り目を通したところ、
この商品が昆虫食としては初のレトルト食品であることがわかった。
世界初の一般向けレトルト食品、ボンカレーが発売されたのが1968年のこと。
あれから50年以上のちに、カレーの中にコオロギが入ろうとは。
誰も予想しえない未来であったことだろう。
かくして、冒頭の画像へと戻る。
男はカレーライスを見つめている。
コオロギの入ったカレーライスを見つめている。
しかし、次の瞬間、男はすぐにコオロギを口に入れた。
正確に言うならば、カレーの匂いに釣られ、条件反射的に口に運んでしまった。
気づいた時には、時すでに遅し。
口に中にはコオロギが入っている・・・・・
はずなのだが。
カレーが普通に美味しいため、
どうやら、男はコオロギの味を感じていないらしい。
「これなら食べれる!」
そう思った次の瞬間、男は奥歯に不快な感触を覚えた。
そう思った次の瞬間、男は奥歯に不快な感触を覚えた。
「コリッ」 でも 「サクッ」 でもなく、「グジャッ」。
その歯触りは間違いなくコオロギだったという。
数年前に食べたきりなのに、男はコオロギの歯触りを覚えていた。
コオロギの歯触りを知らなかったあの頃にはもう戻れない。
その悲しい事実を突きつけられて、男は泣きたくなった。
いや、泣いた。
煮込むことでジャガイモやニンジン、玉ねぎは柔らかくなる。
しかし、コオロギは決して柔らかくならないようだ。
煮込めども煮込めども、その存在は変わらないらしい。
この世の中に決して変わらないものがあるとしたら、
それは真理とダイソンの掃除機の吸引力、そして、コオロギくらいなものであろう。