昨年2021年。
9月18日から10月3日の16日間にわたって、
パリの名所・凱旋門が巨大な布に包まれました。
この前代未聞のプロジェクトを構想したのが、クリストとジャンヌ=クロード。
ともに1935年6月13日生まれという、美術界きってのおしどり夫婦です。
彼らはこれまでに、実に多くのプロジェクトを実現させてきました。
例えば、ニューヨークのセントラルパークに、
鮮やかなサフラン色の布の門を7503個設置したり。
また例えば、コロラド州にある2つの山の中腹に、幅約380mのカーテンをかけたり。
シンプルなアイディアながら、途方もない労力と金額がかかる。
そんな『トリビアの泉』でやりそうなプロジェクトばかりを実現化させています。
なお、それらのプロジェクトにかかる交渉はすべて自ら行っていたのだそう、
しかも、資金調達もすべて自分たちで。
政府や企業、美術館といった支援者の援助は、
一切受け取らないというのが彼らのポリシーでした。
自身で作成した模型やコラージュ作品などを販売した、
その資金で、彼らはプロジェクトを実現させていったのです。
そんなクリストとジャンヌ=クロードが、
1962年の時点ですでに構想していたのが、
先述した凱旋門を巨大な布で梱包するプロジェクト。
実現するまでには、実に約60年の月日が流れていました。
そんな2人の最後となるプロジェクトにスポットが当てたのが、
現在、21_21 DESIGN SIGHTで開催中の“クリストとジャンヌ=クロード "包まれた凱旋門"”。
構想から実現までのその軌跡を、
多くの記録画像や映像を使って紹介する展覧会です。
さらに、展覧会の会場には、
プロジェクトのために制作されたコラージュ作品や、
実際に梱包していた布と同じものも展示されています。
映像で見る限りでは、白い布と思い込んでいましたが。
実際に凱旋門を包んでいたのは、
表面を銀色でコーティングした青い布だったようです。
クリストはパリ時代に屋根裏部屋で寝起きしていたそうで、
そこからよく見ていたパリの街並みの屋根がとても印象に残っていたのだとか。
なんでもパリの屋根は、亜鉛製で深い灰色をしているのだそう。
日の光によって、ライトグレーになったり、
銀色に光ったり、コバルトブルーになったり。
そんなパリの屋根の姿を再現すべく、
辿り着いたのが、この布だったのだそうです。
なお、表面を触れば触るほど、
銀色のコーティングは剥がれ、青みがかっていくのだそう。
実際、凱旋門を包んでいた布も、
連日押し寄せる観光客たちによって、日々青くなっていったそうです。
会場に展示されている布は、さすがにお触り厳禁ですが、
美術館の外観の一部を覆うこちらの布は触っても大丈夫とのこと。
期間中にどんな風に変化していくのか、
定期的にチェックしていきたいと思います。
さてさて、今展で何よりも痛感したのが、
“凱旋門を布で包む”ということの大変さです。
パリを代表する観光資源、公共物ゆえ、
制度的に大変であろうことは、もちろん想像していましたが。
それ以上に、物理的に難題であったことがよくわかりました。
巨大な布を上からファサ~ッと被せて、あとはロープで縛るだけ。
なんとなく、そんな風なイメージを抱いていましたが。
実際は、クリストがイメージした通りのシルエットに近づけるために、
さらには、表面の彫刻を保護するためにも、全体的に鉄骨が組まれていたようです。
想像していた何十倍も大がかりなプロジェクトだったのですね。
ちなみに。
このプロジェクトはもともとは、2020年に実現される予定でした。
しかし、憎き新型コロナウイルスのため延期となり、
クリスト自身は完成を見ることなく、同年5月に他界してしまいます。
そんなクリストの意思を引き継ぐ形で実現させた今回のプロジェクト。
展覧会のラストでは、このプロジェクトを成功させた、
参加メンバーたちのインタビュー映像が公開されていました。
何よりも印象的だったのは、
メンバー全員が、クリストのために尽力していたこと。
メンバーたちの言葉の端々から、クリストの存在が感じられました。
クリスト自身は登場しないのに、クリストがまるでそこにいるかのよう。
タイトルに名はあるのに桐島自身は登場しない、
『桐島、部活やめるってよ』に通ずるものがありました。
クリスト、凱旋門包むってよ。
小説や映画を1本読んだ、
あるいは観たくらいの充実度がある展覧会でした。