2014年に、世界初となる大回顧展が、
国際巡回展として開催され、大きな話題となったフェリックス・ヴァロットン(1865~1925)。
スイスで生まれ、パリで活躍したナビ派の画家です。
その大回顧展は、三菱一号館美術館でも開催され、
美術ファンに、「こんな画家がいたなんて!」と大きな衝撃を与えました。
あれから8年―
再び、三菱一号館美術館にて、
ヴァロットンの展覧会が開催されています。
タイトルは、“ヴァロットン―黒と白”。
ヴァロットンの油彩画ではなく、その名の通り、黒と白、
つまりモノクロの版画作品にスポットを当てた世界初の展覧会です。
実は何を隠そう、三菱一号館美術館。
世界有数のヴァロットンの版画コレクションを有しています。
その数、なんと約180点。
今回の展覧会で、開館以来初めて、
その版画コレクションが一挙公開されています。
“なーんだ。版画かぁ。”
メインが油彩画でなく、版画と聞いて、
一気に興味を失った方もいらっしゃるかもしれません。
いや、しかし、ヴァロットンは生前、
黒一色の革新的な木版画で名声を得た人物。
前回のヴァロットン展でも、特に人気を集めていたのは版画作品でした。
そういう意味では、今回のヴァロットン展は、
むしろ、ヴァロットンのド直球展覧会といえましょう。
ヴァロットンの木版画の魅力。
それは何といっても、その卓越したデザインセンスにあります。
フェリックス・ヴァロットン《ユングフラウ》 1892年 木版、紙 三菱一号館美術館
フェリックス・ヴァロットン《嘘(アンティミテⅠ)》 1897 年 木版、紙 三菱一号館美術館
これほどまでに、余計な要素を極力排除し、
かつ、黒と白を大胆に対比させられる版画家は、
後にも先にも、ヴァロットンくらいなものではないでしょうか。
そんな彼の真骨頂ともいえるのが、こちらの作品です。
フェリックス・ヴァロットン《お金(アンティミテⅤ)》 1898年 木版、紙 三菱一号館美術館
画面の実に3分の2以上が、余白(余黒?)。
にもかかわらず、きっとこれを超える構図は無いだろう、
そう思わせるだけの圧倒的、かつ絶対的な説得力があります。
シンプルでミニマルな作品だけが得意なのかと思えば、そうではありません。
彼がテキスタイルを複雑に組み合わせてみると、ご覧の通りの仕上がりに。
フェリックス・ヴァロットン《怠惰》 1896年 木版、紙 三菱一号館美術館
モノクロの木版画であることは、
頭で重々理解しているつもりなのに、
カラフルに感じられる不思議な作品です。
ちなみに。
ヴァロットンがそのデザインセンスをいかんなく発揮していたのが、こちら。
フェリックス・ヴァロットン<アンティミテ>版木破棄証明のための刷り 木版、紙 1898年 三菱一号館美術館
こちらは、作品ではなく、「これ以上擦りませんよ」と、
所有者たちに安心してもらうために、版木を破棄したことを証明する刷りです。
全10点分の版木を二度と使えぬよう裁断して、
それらを組み合わせたものが1枚の紙に刷られています。
トリミングとレイアウトが完璧すぎて、
これはこれで、と言いますか、むしろこれこそが、
作品といっても過言ではないくらいの仕上がりです。
なお、デザインセンスこそ得意な彼ですが、
社交的な人物ではなかったそうで、人間関係は不得意だったそう。
妻とも不仲だったようで、誰にも馴染めていなかったそうです。
本展では、三菱一号館美術館と姉妹館提携を行っている、
トゥールーズ=ロートレック美術館が開館100周年を迎えたということで、
特別にフランスからロートレックの作品も数点来日しています。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《二人の女友達》 1894年 油彩、厚紙 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ
社会の底辺で生きざるを得なかった女性たちに対しても、
彼女らに寄り添い、温かい視線を向けて描いたロートレックと比べることで、
ヴァロットンの他人に対する冷徹な視線が、より際立っていました。
特に印象的だったのが、棺を運ぶ人たちを描いた一枚。
フェリックス・ヴァロットン《難局》 1893年 木版、紙 三菱一号館美術館
狭いところを運ばなくてはならず、
どうやら皆さま、苦労している模様です。
タイトルは、《難局》。
葬儀中のこんなシーンを描こうと、
しかも、ちょっとユーモラスに描こうとするのは、
ちょっと普通の神経の持ち主ではないような気がします。
そのことは、版木からもなんとなく伝わってきました。
フェリックス・ヴァロットン《1月1日》のための版木 フェリックス・ヴァロットン財団、ローザンヌ ⒸFondation Félix Vallotton, Lausanne
彫られている部分にご注目くださいませ。
執拗なほどに、深く彫られています。
そんなに彫らなくてもいいのに。
『クレヨンしんちゃん』のネネちゃんのママが、
執拗にウサギのぬいぐるみを殴り続けるように。
一心不乱に版木を彫り続けるヴァロットンの姿が思い浮かびました。
闇ってるアーティストだったのでしょう。
そうそう、闇ってるといえば、
こんなエピソードも紹介されていました。
1914年に、第一次世界大戦が勃発した際、
戦争に強く関心を抱いたヴァロットンは、入隊を志願したそう。
しかし、当時49歳だったため、年齢制限を理由に入隊を断られます。
そのことに大きなショックを受け、
一時はアトリエに通うのをやめてしまったほどだったとか。
そんなに戦争に行きたかったなんて。。。
なお、「これが戦争だ!」は、その2年後に制作されたシリーズ。
闇ってますね。
フェリックス・ヴァロットン《有刺鉄線(これが戦争だ!Ⅲ)》 1916年 木版、紙 三菱一号館美術館
作品はどれもお世辞抜きで素晴らしいのですが、
不穏な空気が漂っている作品が多めなのでご注意を。
落ち込み気味の日に訪れると、
気持ちが引きずられてしまうかもしれません。
心身ともに元気な状態で行かれることをオススメいたします!