東京におけるアール・ブリュットなどの振興の拠点として、
2020年2月にグランドオープンした東京都渋谷公園通りギャラリー。
こちらで現在開催されているのが、“ただよう記憶の世界”という展覧会です。
国内外のアール・ブリュットの動向において長く活躍を続ける作家と、
近年発表の場を広げつつある作家を、さまざまな角度から紹介する展覧会シリーズ。
それが、「アール・ブリュット ゼン&ナウ」。
その第3弾として開催されるもので、今回は国内5名の作家による、
視覚や味覚といった身体の感覚の『記憶』から生まれた作品が紹介されています。
まず紹介されていたのは、松原日光(まつばらひかる)さんの作品群。
松原さんの作品のモチーフとなっているのは、
旅先で見た景色や、日々の生活の中で目にする植物。
特に乗り物が好きとのことで、乗り物をモチーフにした作品を多く制作しているようです。
特徴的なのは、その独特の色彩感覚。
そして、独特のデフォルメ感覚。
どことなく、バスキアを彷彿とさせるものがあります。
ただ、バスキアと決定的に違うのは、
絵の具やスプレーではなく、刺繍で描かれていること。
引きで見る分には大胆な印象ですが、
近づいて観てみると、緻密に刺繍されているのがわかります。
慎重かつ大胆に。
アタックチャンスのような作風です(←?)。
続いて紹介されていたのは、戸來貴規(へらいたかのり)さんの作品群。
B5判の紙の表面に描かれていたのは、モノクロの抽象画。
その裏にも、同じような作風の抽象画が描かれています。
表面には、月日や気温、天気などの情報が、
裏面には、「きょうはラジオたいそうをやりました。」から始まる文章が書かれているそうです。
ヘブライ文字ならぬ、ヘライ文字。
解読できる気はまったくしませんでした・・・。
3人目は、小林一緒(こばやしいつお)さん。
蕎麦屋や病院の給食センターで、調理師として働いていた経験を持つ彼は、
18歳の頃から、自身が食べた食事を思い出してはメモに残していたのだとか。
その当時の記憶を呼び起こしながら描くのが、小林さんのスタイル。
さすが元調理人だけあって、描かれた料理はどれもリアルで美味しそうです。
それも、高級料理店のメニューでなく、
とんでんであるとか、ほっともっとであるとか、
庶民派なメニューゆえ、味の想像が大体つくため、なおさら美味しそうに感じます(笑)
ちなみに。
近年では、まるで仕掛け絵本のように、
開くと飛び出すタイプの作品も制作しているそうです。
4人目に紹介されていたのは、後藤友康さん。
彼はレコードやベニヤ板、段ボールの切れ端の表面に、
クレヨンやインクでドローイングのようなものを描き続けているそう。
それも、「♪棒が一本あったとさ、葉っぱかな?」のあの絵描き歌を口ずさみながら。
なるほど。そう言われてみれば、
かわいいコックさん的なものに見えてきました。
・・・・・というか、後藤さんの作品は置いておきまして、
冷静に考えてみると、そもそも、かわいいコックさんって何なのさ?
この絵描き歌以外で、かわいいコックさんというフレーズを聞いたことがありません。
何でそんなニッチなものが、絵描き歌になっているのでしょう??
最後に紹介されていたのは、東本憲子さん。
個人的には、今回一番ささった作家です。
このカラフルな作品の素材は、エアキャップ。
いわゆる、プチプチです。
そのプチプチ1つ1つを油性カラーペンや、
水性インクペンで塗り潰し、作品を生み出しています。
ありそうでなかった発想の作品です。
極め付きは、ワンロールまるまる使った超大作。
これを全部塗り潰したのですね・・・。
その作業を想像するだけで、ゾッとします。
ただ、作業を想像するとゾッとするものの、
作品そのものからは、草間彌生さんの作品のような圧迫感は一切感じられません。
むしろ、その逆で、軽やかな印象を受けます。
それはきっと、プチプチは素材として光を通すから。
照明、あるいは外の光を透かせると、
また違った表情を楽しむことができました。
いつまでも観ていたくなる作品ではありましたが、
しばらく観ていると、プチプチを潰したくなる衝動に駆られるので、注意が必要です。