2014年に、25年ぶりとなる大回顧展が、
泉屋博古館東京(当時は泉屋博古館分館)で開催されたのを機に、
日本美術ファンの間でブレイクを果たした京都の画家・木島櫻谷(1877~1933)。
その展覧会が契機となって、未公開や新発見の木島櫻谷作品の情報が多く寄せられたそうで。
2018年には、再び同館にて、
初公開の作品を中心に紹介する大々的な木島櫻谷展が開催されました。
そして、今年2023年。
泉屋博古館東京で三たび、木島櫻谷展が開催されます。
その名も、“木島櫻谷―山水夢中”。
これまで、動物画の名手として紹介される機会が多かった木島櫻谷。
しかし、実は、生涯にわたって、山水画も描き続けていたそうです。
今回の展覧会では、そんな木島櫻谷の山水画に着目。
初期から晩年まで、木島櫻谷による山水画が日本中から集結しています。
(注:館内の写真撮影は、特別に許可を頂いております。)
今展の主役は何と言っても、「写生帖」。
櫻谷の没後、櫻谷の旧居・アトリエであった、
櫻谷文庫から約600冊の写生帖が発見されました。
ただ、あまりにボロボロだったため、これまで公開される機会がなかったそうです。
しかし、昨年、公益財団法人住友財団の助成による修理が完了。
今回、晴れてまとまった形で展示されることとなりました。
写生帖と聞くと、ただのスケッチを思い浮かべるでしょうが、
写生を特に大事にしていたという櫻谷の写生は、もはや写生にあらず(←?)。
どの写生も完成度が高く、作品レベルでした。
ちなみに。
写生帖の中には、こんなページも。
その書き出しには、こう書かれています。
「君は生涯のよき友。千里の道をともにし、筆硯の傍を離れない。
高遠な山岳、広大な河海、この世の万象をすべて収める君。
いつの日か、画家として大成する道をともに目指そう―」
つまり、こちらは櫻谷が写生帖に語り掛けている文章なのです。
それも、友達として。
人間や生き物以外の友達がいるのは、
木島櫻谷か『キャプテン翼』の大空翼くらいなのものでしょう。
また、もう一つ見逃せないのが、南禅寺の塔頭、南陽院の襖絵です。
こちらは、近年、再発見されたもので、
昨年初めて現地で特別公開されて、話題となりました。
そんな襖絵が寺外で初公開。
普段は南陽院自体が非公開なので、これは貴重な機会です。
前後期で入れ替えがあるそうなので、
できれば前後期ともに観ておきたいところですね。
さらに、再発見と言えば、
約80年前に公開されたきり行方不明となっていた作品で、
2019年に京都の福田美術館でお披露目され話題となった《駅路之春》も出展されています。
なお、その奥に見えているのは、櫻谷ファンにはお馴染みのあの《寒月》。
櫻谷の代表作中の代表作が、
6月18日までの期間限定で出展されています。
一見すると、モノクロームの世界に思えますが、
実は、細部に鮮やかな青や緑が使われています。
実は意外と色彩豊かな作品なのです。
個人的には、櫻谷作品の中で断トツで好きなのですが、
日本を代表する文豪・夏目漱石は、新聞記者時代にこんな論評をしていたそう。
「木島櫻谷氏は去年沢山の鹿を並べて二等賞を取った人である。
あの鹿は色といい眼付といい、今思い出しても気持ち悪くなる鹿である。
今年の《寒月》も不愉快な点に於いては決してあの鹿に劣るまいと思う。
屏風に月と竹と夫から狐だかなんだかの動物が一匹いる。
其月は寒いでしょうと云っている。竹は夜でしょうと云っている。
所が動物はいえ昼間ですと答えている。
兎に角屏風にするよりも写真屋の背景にした方が適当な絵である。」
夏目漱石とはお友達になれない気がしました。
ちなみに。
櫻谷の動物画ファンの皆様、ご安心を。
山水画にフォーカスした展覧会ではありますが、
《寒月》以外にも、動物が登場する絵も数点ありました。
それらの中で一番印象に残っているのが、《月夜の兎》という一枚。
猫の集会ならぬ、ウサギの集会なのでしょうか。
月夜の下に、たくさんのウサギが集まっています。
ウサギは寂しいと死んじゃうそうですが、
これだけたくさんのウサギがいれば、その心配はないですね。
なお、若干のディストピア感も漂っています。
もしかしたら、ウサギだけが生き残って、
人類は皆、死んじゃったのかもしれません。
ディストピア感といえば、《峡中の秋》も。
こちらは、櫻谷が官展に出展した最後の作品とのこと。
下絵の段階では、ポツンと一軒家が描かれているものの、
完成作では、その人家は消されてしまっているのだそうです。
まさに、秘境というべき光景。
仙人やらシシガミやら人智を超えた存在が住んでいそうな光景です。