今年2023年、個人的にもっとも注目していた展覧会、
“特別展「恐竜図鑑―失われた世界の想像/創造」”が、上野の森美術館で開幕しました。
展覧会名だけ聞くと、いわゆる恐竜展のようなものをイメージされたことでしょう。
しかし、この展覧会には、恐竜の骨格標本や化石は一切展示されていません!
展示されているのは、「パレオアート」(※)の数々。
(※化石などの科学的証拠に基づいて古生物を復元する芸術作品のこと)
それも、世界中から集められた超一級の「パレオアート」の数々です。
ところで、皆さまは「恐竜」の姿を思い浮かべることはできますか?
きっと、ほとんどの人がその姿を何の違和感もなく思い浮かべられることでしょう。
しかし、よくよく考えてみたら、それはかなり不思議なこと。
というのも、世の中の誰も(タイムスリップ経験者以外)、
実際に生きている恐竜を目にしたことはないはずなのです。
つまり、僕らが恐竜の姿をリアリティーをもって思い浮かべられるのは、
先人の画家たちの「パレオアート」のおかげと言っても過言ではありません。
今展の目玉は何と言っても、パレオアートの2大巨匠の夢の競演です。
まず1人目は、チャールズ・R・ナイト。
19世紀末から20世紀前半にかけてアメリカで活躍した画家で、
『キング・コング』をはじめとするハリウッド映画にも大きな影響を与えた人物です。
チャールズ・R・ナイト《ドリプトサウルス(飛び跳ねるラエラプス)》 1897年 グアッシュ・厚紙 40×58cm
アメリカ自然史博物館、ニューヨーク Image #100205624, American Museum of Natural History Library
今展には、そんなチャールズ・R・ナイトの代表作13点が一挙来日しています。
そして、もう一人のパレオアートの巨匠が、
20世紀中盤からチェコで活動したズデニェク・ブリアン。
ズデニェク・ブリアン《タルボサウルス・バタール》 1970年 油彩・カンヴァス 56 x 42.5 cm
モラヴィア博物館、ブルノ© Jiří Hochman - www.zdenekburian.com and Fornuft s.r.o. / Moravské zemské muzeum, Brno
初めて目にするはずなのに、
どこか懐かしさや、デジャヴを感じる人もいることでしょう。
それもそのはず(?)、実は著作権の概念がゆるかった時代、
彼が描いた絵は、日本の恐竜図鑑などに転用されていたのだとか。
その原画を含むブリアンによる貴重な作品が18点ほど来日しています。
チャールズ・R・ナイトとズデニェク・ブリアン。
彼らの作品に共通して言えるのは、圧倒的なリアリティがあること。
決して怪獣の絵(=SF)ではなく、
ちゃんと野生動物を描いた絵のように感じられるのです。
想像力を駆使して描いているのでしょうが、そう思わせないほどの説得力。
「講釈師、見てきたような嘘をつき」とはいいますが、
見てきたような嘘を描くのが、一流のパレオアーティストなのでしょう。
さてさて、優れたパレオアーティストはいきなり世に現れたわけではありません。
恐竜が長い時間をかけて進化したように、
やはりパレオアートも時間をかけて進化を遂げました。
今展では、そんなパレオアートの約200年の歴史の変遷を辿る構成となっています。
展示の冒頭を飾るのは、19世紀の版画《ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》。
女性化石採集者メアリー・アニングの功績を称えるべく、
制作されたもので、史上初のパレオアートの一つとされています。
それを基に、拡大して油彩で描かれたものが、こちら↓
ロバート・ファレン《ジュラ紀の海の生き物―ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》
1850年頃 ケンブリッジ大学セジウィック地球科学博物館
2大巨匠のパレオアートと比べてしまうと、
やはりリアリティはそこまで感じられません。
ロバート・ファレン《ジュラ紀の海の生き物―ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》(部分)
1850年頃 ケンブリッジ大学セジウィック地球科学博物館
背中に縫い目みたいなのがあるし、
魚も自ら食べられにいってる感がありますし。
また、のちの時代にブリアンは、イグアノドンをこのような姿で描いていますが。
ズデニェク・ブリアン《イグアノドン・ベルニサルテンシス》 1950年 油彩・カンヴァス 60 x 48cm モラヴィア博物館、ブルノ
© Jiří Hochman - www.zdenekburian.com and Fornuft s.r.o. / Moravské zemské muzeum, Brno
イグアノドンの化石を発掘したイギリス人医師ギデオン・マンテルの依頼で、
当時の有名画家であったジョン・マーティンが描いたイグアノドンは、こんな感じでした。
ジョン・マーティン《イグアノドンの国》 1837年 水彩・紙 30.2×42.6cm
ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ、ウェリントン Gift of Mrs Mantell-Harding, 1961. Te Papa (1992-0035-1784)
爬虫類感は伝わってくるものの、
なんか全体的にわちゃわちゃしています。
また、背中を噛みつかれている恐竜の顔にご注目ください。
鼻の頭に小さな角のようなものが生えていますよね。
実は、マンテルが発見したイグアノドンの化石は、
全身骨格でなく、複数のパーツしかありませんでした。
そのため、彼はイグアノドンを全長70mくらいで、
鼻先に角があって、尾は太く長く、イグアナのような姿だと思っていたのだとか。
ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《水晶宮のイグアノドン(マケットA》 1853年頃 ロンドン自然史博物館
しかし、その後、19世紀の終わりごろに、
イグアノドンの全身骨格が見つかったことで、
角と思われていたパーツが親指であったことが判明するのです。
レオン・ベッケル《1882年、ナッサウ宮殿の聖ゲオルギウス礼拝堂で行われたベルニサール最初のイグアノドンの復元》
1884年 ベルギー王立自然史博物館、ブリュッセル
パレオアートは一日にしてならず。
芸術家のイマジネーションに加えて、
研究や発見が伴ってようやく、パレオアートは完成するのですね。
ちなみに。
ブリアンが描いたイグアノドンの姿さえ、
現在の研究からすれば、間違っているのだそう。
ブリアンが活躍した時代の恐竜は2足歩行で、
しっぽを地面につけ、のっしのっしと歩く、いうなればゴジラのようなイメージでした。
しかし、現代では、恐竜はしっぽを浮かし、
すばしっこく走り回れる存在だったと考えられているそうです。
ダグラス・ヘンダーソン《ティラノサウルス》 1992年 パステル・紙 36.8×68.6㎝
インディアナポリス子供博物館(ランツェンドルフ・コレクション) Courtesy of The Children's Museum of Indianapolis © Douglas Henderson
・・・・・と、ここまでパレオアートが興味深すぎて、
紙面をいっぱい使ってしまいましたが、キリがないのでこの辺で。
展覧会には他にも、昔懐かしの恐竜のソフビ人形や、
左)マルシン《ソフビ人形(スティラコサウスル)》
右)マルシン《ソフビ人形(アロサウスル)》 ともにプラスチック 田村博コレクション
恐竜をモチーフにした美術作品も紹介されています。
立石紘一《アラモのスフィンクス》 1966年 東京都現代美術館
篠原愛《ゆりかごから墓場まで》 2010-11年 鶴の来る町ミュージアム
申し訳ありません。
最新の恐竜並みに駆け足で紹介してしまいました。
誰も観たことがないものを、ビジュアル化する。
そして、そのイメージを全世界の人が共有する。
改めて、絵の力というものを実感できる展覧会でもありました。
恐竜ファンだけでなく、美術ファンならば必見の展覧会です。
┃会期:2023年5月31日(水)~7月22日(土)
┃会場:上野の森美術館
┃https://kyoryu-zukan.jp/
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